御霊地控所新築に当たって (昭和43年9月8日竣工)

金光教玉水教会控所

― 湯川 茂 述 『教燈』より ― 
 ご本部に現在の控所を建てさせてもらったのも、もう十年以上前のことになってしまいましたが、あの控所を建てる時、私は誰にも相談しませんでした。

 設計士に来てもらって、「何百人の人が休憩して、食事ができるようにするには、どんなふうな建物にしたらよいか、図面を書いてきてくれ」と頼んで、それから何べんも書き直してもらいました。「ああしてくれ」「こうしてくれ」と言うて、何べんも書き直してもらったのです。

 初めは豪壮な設計図をかいて来たのですが、私は「ホテルを建てるのではない。控所というのは本部参拝の信者さんが休憩するけれども、休憩も修行のうちや。物見遊山に来るのではない。外見よりも実質的に役に立ち、皆に喜ばれるように充分に配慮して欲しい……そこを主眼にして設計してもらいたい」と言うたのです。

 そして、設計図では表側も立派な外見にしてあったのを、私が皆削ってしまったのです。「それでは、見せ場がありません」と言う。建築業者は名の通った業者ですから、もっと立派なものを建てたかったのです。全国から人が参ってくる所に、人目に立つようなものを建てて宣伝効果もねらっているわけです。しかし、こちらはそんな業者の思惑に乗ることはできません。
 まぁ、炊事場で動いてもらわんならん人には、この設計図の通りにして、うまく仕事が運べるかどうか、図面を見てもらって意見を聞きました。

 炊事場以外、大体のことは誰が考えても同じようなことになると思うたから、建築会社の人たちの意見を聞きながら、銀座の先生にだけは図面を見て頂いて、いろいろ知恵をかしてもらい、すすめさせてもらいました。
 それから地鎮祭をさせて頂きましたが、「先生、どんなものをお建てになりますか?」と聞かれるので、「まぁどんなものを建てさせて頂けるか、建ってから見て下さい」と言うておきました。

 家内も、「どのくらいのもの建てられます?どのくらいの予算ですか?」と心配そうに聞くので、「そんなこと、心配せんでもいい。神様にどうぞ皆さんに喜んでもらえるような控所を建てさせて頂けますように……≠ニ、お願いしておってくれたらいい……要るだけのものは要る。神様にお願い申して建てさせて頂くだけや」と、そんなことを言うておりました。

 先代の言葉を借りて言えば、「こちらは大きな親方をつかまえているのやから、親方にお願いして、要るだけのものは親方からもらったらええ。……世話係の人たちに相談して心配かけるようなことはしない。どこまでも神様に心配して頂く」ということになります。親からそういう手本を見せてもらってきたおかげで、何事につけても、うろたえずに、その行き方をさせて頂けることを、有り難いことであると思いました。

 「親はこういう時には、こういう行き方をしておったものだ」と、私たちの子供らが覚えてくれておって、子供らの心のよりどころにするようなものを残したいと思います。そういうことが、財産を残すというようなことより、価値があると思うのです。
 控所はそういうふうにしてでき上がったわけですが、表から見ると、ちょっとこぎれいな工場か、村役場というような感じで、何の変てつもない建物です。しかし何にしても質素な感じがするのがいいと思います。内部は、よく考えたつもりが、かえって不便なところもあって、「しまったなぁ。頭の中で考えたのと、実際とは違うもんだなぁ」と、思うこともありました。「自分勝手にするからばち当たりや」と思われても仕方がありません。

 それでも皆さんは辛抱して使って下さっていると思います。やはり、控所で休むのも信心修行のうちですからね。みんなが、なごやかな気持ちで過ごせるように。お参りに慣れた人がはばをきかすようなことをすると、お参りに慣れない新顔の人は小さくなっていなければならん。慣れた人は慣れない人を助けるようにして、いつも、みんなが有り難くうるわしい御本部参拝ができるようであって頂きたい。そうして、皆さんがおかげを頂かれることを願っております。
          
 
Copyright(C) Konko Church of Tamamizu All Rights Reserved.