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生 い 立 ち
親 と 離 れ て 東 京 へ
銀座時代9歳の頃の3代教会長
私が、丁度、数え歳の、九つのときに東京へ参りました。銀座の教会でご厄介になっておったわけでありますけれども、私自身はまだ小さいし、銀座で学校へ通うということも、大阪から、こちらの近所の小学校に通うのも、別にそう大して、重大なこととは思っていなかったわけです。ところが、自分が、子供を持ち孫を持ってまいりますと、子供が側を離れるということは、何事につけて、やはり心に掛かることでありますし、心配なことでもありますし。特に私が行きましたのは小学校の一年の時からですから、父親も母親も随分いろいろなことで、心にかけてくれておったんだろうと思うわけです。 ところが、ずーっと思い返してまいりますと、私が東京におります間に、父親や、母親が東京に尋ねてきたということは、殆ど数える程しかないんですね。銀座の教会の一月のお祭り、それから、五月、十一月のお祭り、これは、当時必ず、初代の大先生が、大奥様と一緒にお参りになられるわけでございまして、その時には、父親も母親も留守番ということで、東京の方へは来ておりませんでした。従いまして、私が、父親、母親に会うのは学校休みのときに、大阪へ帰ってきた時位のことであります。なんべんも思い返すんですけども、特に、私共を尋ねて、大阪から上京をしたということは、恐らくないわけなんですね。そいじゃ、その間、ほったらかしかというと、決して、そんなことはなかったと思うのですが。それはやはり、常に、自分達の子供、しかも長男と次男が東京へ行ってるわけですから、随分気を使い、ご祈念をしてくれていただろうと思うのですけれども、現実に姿としては、殆ど子供の為に上京するということはなかった。 それは、どう言うことかと申しますと、父親として、二代の大先生としては、銀座の教会に自分が用事があって、やらして貰うんだったら、それは、喜んで上京なさるんだろうけれども、子供の為だけということでは、そこにはやはり、初代の大先生が、まだご健在であり、その下で、自分は一修行生として修行をさして貰っておるという気持ちが多分におありになったんだろうと思うのです。ですから、子供のことが気に掛かっても、それは神様にお願いし、大先生にお願いさして頂いて、おかげを蒙っているんだということで、ずーっとすごしておられたんであろうと思う。
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