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生 い 立 ち
ボ ーイ ス カ ウ ト で の 逸 話
ボーイスカウト時代
もう五十年ほど前のことになりますでしょうか、私が高校二年か三年で、当時隊長をしておられた三代大先生のもとで、銀座教会のボーイスカウト活動をしていたときのことです。 あるとき集会があって東京教会へ行きました。昭和二十三、四年のまだ非常に物のない頃で、「戦後、女性と靴下が強くなった」などと申しますが、その時分はまだナイロンが普及しておりませんで、スフという材料のとても弱い靴下でした。それは三回か四回履くと踵に穴があいてしまうという代物でした。それにつぎをあてて履くわけですが、そのときは、たまたまつぎがあたっていなくて踵がぼこっと顔をだしている状態でした。よその教会で踵がでている靴下を履いて上にあがるのもなんだな、と思いまして、靴下をそっと脱いではだしになりまして、なるべく足がみえない様にして上にあがりました。 そして集会がおわり銀座教会へ帰りました。ボーイスカウトは皆帰って私は後片付けをしておりました。そうしましたら三代大先生がふっと来られて「ぎいっちゃん」──私は義一という名前ですのでこう呼んで下さっていました。「これ履いて」と包みを渡して下さいました。みると靴下が二足入ってました。 今でしたら靴下二足はそう大したことないと思う人もあるでしょうが、終戦後も間もない全く物のないときです。それをスッと下さった。きっと大先生が履かれるための物で余っていたものではないと思います。 考えれば自分の部下のスカウトがよその教会へ行って、はだしでいるというのも恥ずかしい話で「おまえ、なんであんなかっこうしているんだ」と言われても当然ですが、そのことはなにもおっしゃらない。 なにげなく靴下をスッと下さる、それだけなんです。私の家の経済状態をよく分かってらっしゃるのですね。しかし事立てて、いかにも「してやる」というようにはなさらない。なにげなくかばって下さるのです。 こうしたことは私に限らず、どなたに対してもそうであったと思います。改めて慕わしく思われます。 こうしてお写真を仰ぎますと、すぐにでもものをおっしゃって下さるように見えるのですけれども、もうどこでもお声を聞くことはできません。本当に寂しいことです。 三代大先生は初代、二代おふたりのお徳をお受けになって御用して下さいました。このたびその跡をお継ぎ下さる正夫先生は初代、二代、三代のお徳をお受けになってお取次を下さるわけですから、私達がそのことを本当に頂いておかげをこうむらせていただきましたら、更に大きなおかげを頂けることは間違いありません。 三代大先生が命懸けで取り組んでいらした「まことの信心まことのおかげ」を共どもにすすめさせていただき、三代大先生はもとより初代、二代大先生にも喜んでいただくおかげをこうむりたいと思います。
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