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生 前 中 の 願 い
布 教 百 年 祭 に 向 け て
100年祭写真
父が教会長就任後、まもなく七年目を迎えようとしていた平成七年一月、阪神・淡路大震災が発生しました。父は震災の数年前頃から、地域社会に貢献し、社会福祉に寄与し得る新記念館建設の構想を温めていたようですが、震災により、信奉者を含めた被災者への復興援助へ当面の教会事業の中心を移行しました。震災の年はちょうど玉水教会布教九十年のお年柄で、前年にお迎えした初代教会長五十年の式年祭に続いて、四月には記念大祭をお仕え致しました。その布教九十年の節目に際し、父はひとつの願いを立てました。「まことの信心まことのおかげ2005玉水一〇〇年」と大書した願いを広前中央に掲げ、布教一〇〇年に向けた十年間の信心の取り組みを道付けました。初代教会長が私たちに教え遺し、願い求められた信心を真摯にわが身に現していこうという発願でした。新記念館構想、震災復興支援、初代五十年と「まことの信心」の実現といった布教九十年前後の一連の軌跡を振り返る時、そこに感じられるのはく人を助ける〉〈世のお役に立つ〉といった在り方を強く押し出した信心の姿です。初代は信者時代から、難儀な人、困った人を見ると放っておけない性分であったことが逸話として残っていますが、父のこの時の姿はそれと重なるものでした。つまり、「人を思うこと人後に落ちず」という初代のみ心を今日的に展開しようとした信心の姿として蘇ってくるのです。そしてこのことは、学校教育に携わったことについても、その点において一貫する信心の在り方であったように思われます。●教典に「石金でも、船に積めば水に浮かぼうが、人はおかげの船に乗れよ」(理Ⅲ理拾5)とのみ教えがあります。父が三代教会長として布教一〇〇年に向かう願いを立てた時、私たち信奉者一同は、いわばその「願いの舟」に乗せていただくことになったわけで、その意味で、私たちは依然として父の願いやの舟に乗せられたままに一〇〇年という目的地へ向かう途上にあることになります。
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