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人 を 育 て る
教 師 と し て の 本 分
教師として写真
親教会で書生として置いていただいていた頃のことです。三代大先生がお結界にお座りになり、私が下で副奉仕の御用をしていました。御届の人が途切れて、大先生は金光新聞を読みはじめられました。そして、私にある記事を示されました。 それは、ある地方で大きな行事が盛大に挙行されたことを伝えていました。私がその行事の中心的役割を担った先生の名をあげ「大したものですね」と申し上げると、大先生は、「それは大したものだ。しかし金光教の先生というのはあくまで、お広前での御用が命だ。どんなに頭がよくてもお広前に閑古鳥が鳴いているようでは立派な先生とは言えない。あなたのところの昔の教会長(何某師)について初代大先生が『何某は頭が悪い。しかし自分で頭が悪いと知っているから、命懸けで神様にすがっている。だからお広前いっぱいのお参りがある』とおっしゃっている、そういうものだ。行事を成功させるのも大切な御用だ。が、お広前をおろそかにしては何にもならん」こう力をこめておっしゃいました。三代大先生をよく知らない人は、大先生が学校の分野で大きな功績をたてられたので、教育に特別熱心だと見られている人が多いようです。しかし、大先生のお心は、いつもお広前にあって、初代・二代大先生の信心を求め、一人でも多くの人が助かることを一心に願って御用されていたのです。
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