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信 心 の 転 回
教 会 ご 用 の 厳 し さ
教会のご用の厳しさ
兄は学院を出るとすぐに二代大先生から、お祭りでの祝詞奏上、教話の御用、また他教会とのお付き合いなどを全部任されました。教会連合会でも会長をされ、私が「会長というとどんなことをするんですか」と聞くと「お茶汲みしてんねん」と答えたことでした。 昭和三十五年、二代大先生が病気で療養された時、まだ三十そこそこの兄に教会内外の重責がかかってまいりました。まさに正念場であったことと思います。でも今私が思いますに、それはありがたいことでした。 兄や私が教師にお取り立ていただいて御用する、と申しましても、お広前には厳然として二代大先生が座っておられるわけですから、少しは自分も骨折って神様に向かえと言われても、大先生にお願いしておけば安心だとつい楽なほうへ逃げてしまいがちです。それが大先生が養生されれば、どうしても自分が担っていかなければならないということになります。私も昭和五十年、先代銀座の先生が亡くなって、そういう立場に立たされました。一生懸命、若さにまかせて御用しました。しかし一年でばててしまいました。このとき私がばてたことを真っ先に見抜いてくれたのが、二代の父であり三代の兄でした。二人とも祈りながら、自分の経験に照らし合わせて私がすぐにばてるだろうと案じてくれていたのでしょう。私はそうなってはじめて、自分がするのではない、なにごとも神様のお力をいただかなければ、いくら自分が気張ってみてもどうしようもないのだ、ということを心底分からされました。兄と私に、雑巾掛けや便所掃除のかわりに神様から課せられた修行であったのだなと思います。
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