「我が信心の歩み」 (連載第8回)


[八] 病気で教えられた信心


 医者にさじを投げられて、死ぬよりほかなかった私が、神様のおかげで、びっくりするような短期間に、すっかりよくなったのだから、その直後は「天地金乃神様という神様は、並々ならぬお徳とお力のある神様である」と、頭の下がる思いで一杯でしたが、日がたつにつれて相済まないことですが、「あれは、神様のおかげであったのだろうか」という疑いのかげが、私の胸にさし始めてきて、「神様のおかげだ」という思いが、だんだん薄れてあやしくなり出しました。「治るには治ったが、それは偶然に治ったのではあるまいか」と思いが変わってくる、こんな例は、世間にたくさんあります。

 神様が治してくれたというが、ちょうどあの時、治る時期にきていたので治ったのかもしれない。いや、そうでないまでも、治ったのは、神様が治してくれるという神経が働いて、それで治ったのかもしれない。はたして、神様のおかげで治ったのだろうか。私は、どうもその点がはっきりしないことになりました。思案すればするほど、疑いが心の底から浮かび上がってきます。よく罰が当たらなかったことです。

 そこで、私は、ここの理屈を解決するために、教会の敷居をまたぐことになりました。教えを聞こうというよりも、神様の有無をはっきりさせるのが主眼でした。もし、神様が本当にあるなら、私には願いがあるのですから、その問題を軽々しく取り扱うことはできません。

 私は、先生に向かって無遠慮に理屈をならべて、先生を煙にまいた上で「お話を聞いて、どうやら神様があるらしいことはのみ込めますが、病床でただ手を合わせて拝んだだけで、大病がよくなったのですから、それがかえって、頼りなく思われ、疑いたくなるのです」と言うと、「それでよろしいのです。この身体は、天地の神様が造って下さった身体ですから、造り主の天地の神様に、修繕を願ったら、治して頂けることに、何の不思議もありません。治して頂けなかったら、それこそ不思議なのです」「なるほどそうですか。そう言えないこともありませんなあ」とは言いましたものの、もう一つぴったりきません。それというのが、こっちは人は人をだますものなり≠ニいう商売人根性を持っていくらうまいことを言っても、めったにだまされるものか≠ニいう頭で聞いているのだから、それが邪魔をして、先生の話が素直に受け取れないのです。

 いろいろ話を聞かせてもらいましたが、そのうちで、一つ頭にピンときたのは「金をとらん」ということでした。「はてな。これは本当だろうか。そうだとすると、この道こそ、宗教として本物かもしれない」。私の心は引きつけられました。

 「神様は親様です」「親様ですって――そう言われると、やっと分かりかけていましたのが、また分からないようになります。キリスト教でも、神様を、天にましますわれらの父よ≠ニ言いまして、神様は親様だということは、何もこの道だけに限りませんから」「親様というのは心の親様なのです」「心の親様ですか。その親様には会われますか」「会われます。お話もさせて頂けます」「何年ほどしましたら」「年限は、何年と限りません。三年でそのおかげの蒙れる人もあり、十年、十五年かかっても、蒙れない人もあります」「それでは、まことに頼りないですなあ」「頼りないことはありません」「では、どうしたらそういったおかげが蒙れますか」「教え通りに道に従って行きさえしましたら、きっと……」「きっとですね」「きっとです」。

 こんな問答を繰り返しましたが、それから、私の信心は、前進の第一歩を力強く踏み出すことになりました。このように、信心初めの私の心の動きを、包み隠さずにお話ししますのは、信心初めには、おかげを受ければ受けたで、なにやかやと理屈が出るものですから、ご参考までに聞いてもらったのです。

 その次の患いは、脚気(かっけ)でした。ついでにその時の話を聞いてもらいましょう。神様にお願いしたのは無論のことですが、なにぶん、教えというものを十分に聞いていませんから、何が何やら分かっていません。人から「脚気には麦飯がいい」と言われますと「ああ、そうですか」と言って、麦飯を食べました。私は麦飯が好きではないのですが、「食べよ、食べよ」とすすめられますので、食べました。すると、今度は「小豆がいい」と言ってくれる人がありましたので、私は小豆を食べました。小豆も砂糖を入れて食べるのなら、おいしく食べられますが、「砂糖を入れたら効果がない」と言うので、そのまま我慢して食べました。そうこうしていますと、ある人が「脚気には灸(きゆう)をすえるといい」と、親切に言ってくれました。それでまた「それもそうだ」と、灸もすえてみました。というのが、私は「神様にお願い申して、人がいいと言うことをしておりさえすれば、それでいいのだろう」と思って、人がすすめてくれることをやってみたのです。ところが、それで脚気がよくなったかというと、さっぱりでした。とうとう弱ってしまって、立つことも歩くこともできなくなり、困り切ってしまいました。

 自分としては、神様にお願い申して、人がいいと言うことであり、自分もいいと思ったことをして、その結果が、予期に反して、足腰の立たんようなことになったのですから、どうしてこんなことになるのか、思案せずにはおられません。さきに、私は、私の信心の進め方について、私は出くわす事柄の一つ一つに向かって、どうそれをおかげにして頂くか、思いをこらし工夫させてもらってきたと話しましたが、そういったやり方は、すでにこの時分からしていたやり方であります。そこで、私は考えました。その時、私の心に浮かんだのは、いつ聞いたかはっきりしませんが、『病気を患っても、自分の好きなもので、病気を全快させるようになったら、一人前の信者じゃ』という二代金光四神様の御理解でした。私は、思わずひざを打ちました。「うん、そうだ」とこんな言葉が、つい口からとび出たのも、この御理解が稲妻のように、私の心を強く打ったからです。「よし、一つ自分の好きなものを頂いて、おかげを蒙ろう」。私はにわかに元気づきました。

 その当時、私はかしわ(鶏肉)が大好きでした。「そうだ。好きなかしわを食べて、脚気全快のおかげを蒙ることにしよう」と決心すると、「一度、教会にお参りさせて頂こうと思うから、俥(くるま=人力車)を呼んで来てほしい」と言って、俥を呼んでもらいました。足が不自由ですから、俥に助けて乗せてもらい、教会へお参りするように見せかけて、家を出ました。行く先は、かしわ屋です。途中で、俥屋さんに言って、かしわ屋の前で俥を止めてもらいました。「どうなさろうというのです」「かしわを食べようと思うのだ。降りるのに手を貸してほしい」。俥から降ろしてもらって、かしわ屋に入りました。「かしわと卵とご飯を、二人前頼みます」。これが私の注文でした。あとで考えてみますと、「自分の好きなものを」というお言葉は、何も「余計に食べよ」という意味ではないのですが、この時は「うんと食べたらよい」というように思い込んでいたのです。

 二人前のかしわを食べてしまうと、口をぬぐって、いかにも教会にお参りして来たような顔をして、家に帰りました。その翌日も、またその翌日もそうしました。都合三日、かしわ屋へ通いました。すると、さしもの脚気が、すかっとよくなってしまったのです。それまでは、人がいいと言うことをして、その結果が悪かったのに、今度は、人が悪いと言うことをして、おかげにして頂いたのです。要するに、「何でも、これを頂いて、治して頂かなければならない」と、神様にお願い申した一筋の祈りを、神様が聞き届けて下さったのだろうと思います。

 私がお話しする時『信心の生命は祈りにあり』『おかげはわが心にあり』ということを、やかましく言うのは、こんな体験が私にあるからです。御教えを調べてみますと、『今月今日で、一心に頼め、おかげは和賀心にあり』『神は昼夜も遠きも近きも問わざるものぞ。頼む(信頼)心に隔てなく祈れ』『まこと(真)の道に入れば、第一に心の疑いの雲を払えよ』『疑いをさりて信心してみよ。みかげ(霊験)はわが心にあり』『祈りてみかげ(霊験)のあるもなきもわが心なり』と、祈りの一筋であるべきことをご親切に教えて下さっています。お互いは、常にこの御教えを心に刻みつけて、誤りのないよう心掛けなければなりません。

 もう一つ、話しついでに、腫物(できもの)ができた時のことをお話しします。痛くて痛くて、とても辛抱できませんので、三日目に、寝床の中から「とても痛くてたまりません。どこからでもよろしゅうございますから、一刻も早く、毒をお取り払い下さいますように」とお願いしました。すると、翌日はたいへん楽になり、その翌日には、すかっとよくなりました。ところが、よくなったと思うと、まもなく、ふとももに七つの腫物ができまして、その腫物がよくなるのに、四ヵ月かかりました。このことを、あとで先生に「腫物ができて痛くてたまりませんので、こうこうこういうふうにお願いしましたが、おかげを蒙るのに、四ヵ月かかりました」とお話ししますと、先生から「どうして毒を大小便にお取り払い下さるようにと、お願いしなかったか」と言われ、「なるほど、そうでしたなあ」と賢くならせてもらい、私がしたような不自由なお願いは、しなくてもよかったことを分からせて頂きました。

 その時の腫物のあとが、今でも七つ残っていて、四つほどは穴があいています。そんなことがあって、私は、祈りということについて、心の向け方・持ち方・用い方を、だんだん細かく分からせて頂きました。


(この「我が信心の歩み」は、2006年2月に掲載されたものです)
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