「我が信心の歩み」 (連載第10回)


[十] おかげ蒙れば資本は不要


 主人が、とても立ち直る見込みがないとあきらめて、債権者の求めに応じて判をわたし、屋財家財一切のゆずり渡しを承諾しましたので、債権者は、さっそく家財の取り立てにやって来ました。しかし私としましては、「はい、そうですか」と言って、何もかも、文句なしに渡してしまうわけにはいきません。いろいろ談判した結果「君がぼくのところへ来てくれるなら、一通りの道具は君に渡そう」「では、行きましょう」という条件で、私は、一通りの道具だけをもらい受けることになりました。無論、私が欲しいためではなく、主人夫婦のために、もらっておいたのです。けれども、家は、ぜひとも明け渡さなければなりません。それで、手ごろの家をさがして、宿替えすることになりました。

 宿替えをすますと、困ったことに、私は、二人の債権者の間の板ばさみとなり、しばらくの間、身動きができない立場におかれました。どうしてかと言うと、私が、主人の家を立ち退く時に、一通りの道具をもらい受けた際、二人の債権者にあなたのところへ行きましょう」と約束していたからです。

 宿替えがすむと、両方から「さあ、来てくれ、いつ来てくれるのか」という矢よりも激しい催促です。これにはすっかり閉口しました。私が、おっとりと構えていますと、最後に、「どっちへ行こうと思うのだ。どっちへ来てくれるのだ」と、押しかけて来てのひざ詰め談判です。そこで、私は仕方なく「私はどちらにも行きます」と言いますと、「どちらにも行くって、身体は一つしかないじゃないですか。それでは、どちらにも行けないことになりはしませんか」「約東したのは両方です。そういう私としては、一方へだけ行くと言われません。言うとなれば、どちらにも行くと言うより、言いようがありません」「君、そんな横着なことを言って、どう収まりをつけるつもりです?」「そんなわけで、どちらにも義理が悪いので、どちらに行くのもやめにするつもりです」。

 こんな押し問答の末、ようやくこの問題には、けりがつきましたが、そうこうしているうちに、四、五軒から「私とこの店に来てくれ」「ぜひうちへ来てくれ」と引っ張りだこになりました。ある一軒は「ぜひ養子に」と言って来ました。しかし、その家には、三十万円ばかり財産がありましたので、きっぱり断りました。といって、それなら私自身に、将来の見通しがついていたかと言いますと、少しも将来の方針は決まってはいませんでした。まるで糸の切れたたこ同様の身の上です。そこで私は、最後の決を金光様のおさしずに仰ぐことにして、ご本部にお参りしました。

 事情をお話しして「実は五、六軒からぜひ来てくれと言われておりますが、この先、どうしたらよろしゅうございましょうか」と、金光様にお伺いいたしますと、金光様は「小売りさせて頂きなさい」というお言葉でした。この金光様のお言葉は、私が心ひそかに立てていた企てと、まるでかけ離れたものでした。私は、私の予期に反した金光様の仰せを聞いて、これは聞き違いではないだろうかと、自分の耳を疑ったほどでした。それはどうしてかと言いますと、私には、前々から取引きしている買い場の得意先が三つの県にまたがっていたので、たった一枚一銭五厘のはがきで、注文を出しさえしたら、これまでの信用だけで、品物はいくらでも送ってくれる確信があったので、問屋商売を始めるのに、さほど事を欠かぬつもりです。そういう私に、金光様は、「小売りをさせて頂きなさい」と仰せられたのですから、まったくのあてはずれで、思いがけないお言葉です。いくら落ちぶれたからといって、小売商人に身を落とすことはしたくない。小売りなどしようものなら、それこそ、今日まで骨折って築いてきた信用は、滅茶苦茶になってしまって、永久にうだつがあがりません。

 自分から求めて、どうして、永久に浮かびあがる見込みのないような底なし沼に飛び込めるものですか。小売りというような、そんなばからしいことができるものかと、こんな気持ちで一杯の私のことですから、いくら金光様のお言葉だと言っても、そのまま素直に「はい」と受けて、おとなしく引き下がるわけにはいきません。何とか言い逃がれの道を見つけ、小売りだけはご免蒙らねばと思って、「商売するにも資本(もとで)がございませんので……」と、まことに浅はかな考えからではありますが、失礼にも言葉を返させて頂きました。私のつもりでは、このように逃げ口上を申し上げたら、金光様が、いったん、ああは言われたけれども、少しは私の考えもくみ取ったご返事が頂けるだろうと思ったからです。

 ところが、金光様は『資本はなくてもよろしい。おかげ蒙れば資本はいりません』とおっしゃって、私自身が、こうしたいと腹の中に持っている思惑など、一向にそ知らぬ顔です。これで、すべての決まりがついてしまいました。仕方がないので、私はそのまま引き下がりましたが、全く、しょんぼりとして引き下がってきたのです。それで、私は大阪に帰りはしたものの、金光様のおっしゃるように小売商人になるとすれば、それは、私にとっては、こっそり裏道へもぐり込むようなことになり、大当て外れなのです。どうして、私の心が穏やかでありましょう。小売りでもしようものなら、人から乞食するように思われるに決まっています。
 金づちを川に落としたように、まるで頭の上がる見込みのない小売りなどしようものなら、自分の一生を台なしにするばかりか、商人として大いにやろうと張り切っている自分に、自殺を命ずるようなものです。「小売りをせよ≠ネんて、金光様も、よくよく人をばかにしていらっしゃる。私にそれぐらいの頭と腕しかないと思われたのだろうか。小売りなどできるものではない。小売商人などになり下がってたまるものか」と腹が立ってくると、金光様のお言葉がのろわしくさえ思われました。

 ところが、一日一日と日がたち、だんだんと心が落ち着いてきますと、打ち消そうとすればするほど、金光様のお言葉が、ますますはっきりと脳裏に浮かび出てきて、自分の思うように言って下さらなかったからといって、それに腹を立てて、そのままに放っておくことが、そら恐ろしくなってきました。「もう、こりごりだ、お伺いなどは二度とするものではない」。お伺いしたことを後悔しながらも、「いったん、お伺いしてお言葉を頂いた以上、それが自分の気に入らないからといって、取り消しにしていいものだろうか」と、私は考え直さずには、おられなくなりました。

 金光様にお伺いしたのは、何のためであったのか。金光様を通して、神様にご相談を、天地にご相談を申し上げ、神様のお声、天地のお声を聞かせてもらうためにあったのではないか。そうだとすると、金光様のお言葉を頂いておきながら、それに逆らったり、そむいたりしたら、それは、神様のお声に逆らい、天地のお声にそむくことになります。
 この自分というものは、神様のおかげ、天地のお恵みを受けて、生かされていればこそ、こうして生きておれるのです。そういう自分が、神様に逆らい、天地にそむいて、平穏無事に天地の間に住むことができるでしょうか。私は甲斐性(かいしょう)もないくせに、負け惜しみが強く、妙なところに気位を高く持って、力こぶを入れる性分でした。私は、こんな性分が邪魔になって、小売りという言葉に引っ掛かって、あれやこれやと迷いました。しかし、十五日間考え抜いたあげく、とうとう、今お話ししたような結論に達しまして、いったんお伺いした以上は、金光様のおっしゃるようにしようと決心しました。そうと腹が決まれば、もう郷里への聞こえや、得意先の評判や、知り合い・友だちの陰口などは、間題ではありません。世間への体裁などは、かなぐり捨てて、小売商売を始めることに決心しました(明治廿七年)。

 それで、白神先生に、その次第を申し上げますと、「それは結構です」と賛成して下さいました。そこで、まず、おとなりに篭(かご)を一つもらいに行きました。「篭一つ、もらえませんか」「何するんですか」「小売商いしようと思って……」「どなたが?」「私が」「あんたが……あんた、気でも狂ったのと違いますか。あんなに、方々からやかましく言って、来ているのに、それ断って、小売商いするなんて、物好きにもほどがありますよ」「私、もう奉公は、やめにしましたので……」。私は、理由もなく人から物をもらうのが大きらいです。紙一枚でも、問題にする性分ですが、間柄が間柄ですので、こんな間答をして、篭を一つもらい受けました。旧主人が、私が商売することを聞いて、それではとお金を五円出してくれましたが、借りては一生その人の前で頭があがりません。その厚意だけは有難く受けて、お金の借用はきっぱり断りました。ちょうど手元にお金が三銭五厘ありましたので、それでござ一枚を買いました。篭とござが手に入れば、七つ道具がそろったも同然です。

 それで、私は、篭の中に入れて売り歩く、手ごろの品物を物色するために、市場に出かけました。しかし、何にしようかとなると、これという格好な品が見あたりません。それで、私は、神様に「何もございませんが……」と申し上げると、「剣先鯣(けんざきするめ)を買え」というお知らせです。「では、そうさせて頂きます」と言って、剣先鯣を買うことに決めました。「あんた、こんなものをどうしようというのですか」「これを売りに行こうと思うのです」「こんなものを?」「そう」「こんなもの、売れるものか」「でも、やってみようと思う」。ぼろくそに言われた上に、酔狂な人だと言って笑われました。私の資本なしの商売は、こうして始まったのです。

 「商売するなら、商売に出る前に、お参りしなさい」と白神先生から、下駄をあずけられていましたから、私は気が進まなかったが、お参りしないわけにはいきません。ござでおおった篭を小わきに抱えて、行商するその日の私の姿は、どのように人の目に映ったことでしょう。知人の目に触れないようにと心を配りながら、伏し目で小さくなって、小走りに歩いているのですが、向こうから声をかけてくるのでたまりません。そのつど、冷汗かいて、穴でもあったら飛び込みたい思いがしました。お参りすると先生が、「ちょっと待っていなさい。今、世話係がみんな集まっているから、引き合わせて得意先になるように頼んであげるから」と言いおいて、ご祈念にかかられました。先生のご親切は有難いけれども、私はそのご親切を「はい」とは受けられません。先生の折角のご厚意を無にして相済まないけれど、先生がご折念中なのを幸いに、早く逃げ出すにかぎると思って、失礼することにしました。

 「ちょうど、いい機会だったから、得意先を周旋してあげようと思ったのに……」と、後で先生にしかられましたが、「先生、そういう得意先は、私、きらいなんです」「どうして」「信心させて頂いておかげを蒙り、やがて及ばずながら教会のお世話の一つも、ご用のはしくれでもさせて頂こうと思わせてもらっていますのに、商売初めだからとて、先生のおとりなしで、世話係の方々に得意先となってもらい、ご厄介になっておきますと、さきで、仲間にしてもらった時、町内の割木屋さん(薪の賃割りなどを業とする者)なみに取り扱われますので、それでごめん蒙ったのです」「そういえば、そうなるかもしれんな」。先生も私の言うことに賛成して下さいました。


(この「我が信心の歩み」は、2006年4月に掲載されたものです)
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