「我が信心の歩み」 (連載第15回)


[十五]  お参りをソロバンではじく(1)


さきに、頼母子に頼って、つまずいた話をしましたが、私の商売上の難儀は、これで、さようならとはゆきませんでした。が、その話に うつる前に、今の私は、信者さんに「できるだけお参りしなさい」と言って、お参りということに力を入れておりますが、それはどういう わけかということについて、ここでお話ししておきます。

 北の方から参ってくる信者さんの中に、仕立物をして生計を立てている婦人がありました。「先生、頭や手が痛んで、思うように仕事が できないので弱っています。どうぞお願いいたします」と言いながら、毎日お参りしていました。一週間つづけてお参りしているうちに、 すっかりよくなりました。「有難う存じます。おかげで、これから楽に仕事ができます」と言って、喜んで帰りましたが、翌日から、参っ てきません。翌月になって、思い出したように参って来たかと思うと「先生、また、頭が痛んで目がくらみ、手が痛くて困っています。ど うぞおかげが頂けますよう、お願いいたします」とのことでした。そして、一週間つづけてお参りしているうちに、おかげを蒙りました。

その後、また参って来ません。そんなことが、繰り返し三カ月つづきましたので、三月目に「先生、おかげを頂きまして有難うございます 」と言って、お礼に来た時に、私は「そら結構です。が、毎日お参りしなさい」と注意しました。

 すると「先生、毎日、お参りしないとい けませんか」と、すこぶる、ふに落ちない様子です。「そうです。毎日、お参りしないといけません」。先方がはっきり聞いてきますから 、私もはっきり答えました。すると、その人は「では、先生、この神様を信心させて頂くには、お金と暇がいりますね」と言ったごあいさ つです。

「お金と暇がいる?そんなことはない。お金と暇があるくらいなら、毎日お参りせよとは言わない」
「でも、先生、私は女の細腕で、お針をして、どうにかこうにか食べておるのですから……」
「そら、分かっている」
「ですから、お参りしたくても、貧乏ひまなしで、ご無礼するようなことになりがちなんです。時計をにらんで、何でも早くこの袖(そで )をつけて、お参りしようと思っていましても、つい夜中の一時二時になってしまいますので、ご無礼するより仕方がないのです。今晩こ そ、仕事を早めに切りあげて、お参りしなければならないと思っていましても、まあ、ここを縫いあげてからとなりますと、またしても、 お参りする時間がなくなってしまいます。また、それくらい働いて、やっとおかゆが頂ける有様ですから、とても毎日お参りする暇はござ いません」

 まるで片時も暇のないような言い方です。
「そう聞くと、あなたは、お参りする時間が、どこからも出てこないようだが、私は、あなたほどあり余った時間のある人は、ないように 思う」
「そ、そんなこと……、朝は暗いうちから起きて、夜は、一時二時頃まで、わき目もふらずに仕事をしております。ですから、とても…… 」
「いいや違う。あなたは先月一週間寝た。先々月も一週間寝たではないか」
「先生、あれは病気です」
「病気にしたところで、毎月、一週間も寝るような時間が余っている。それを日割りにして、毎日、参らせてもらったらいい。

仮に、一日十二時間働くところを、一週間寝るとすると、八十四時間がつぶれることになる。それを一カ月三十日に割り当てると、一日あたり二時間 半つぶしている。二時間半あったら、お参りができます」

「先生、私はもっと働きます」
「十三時間働くとしたら、一週間寝て、九十一時間をむだにしていることになる。あなたは、毎月それだけの働ける時間を、寝て過ごして しまうのだ。もったいないことだ。

病気になってから、お参りしてよくして頂く替わりに、なぜ、病気にならん前にお参りして、寝なくて もすむおかげを蒙らないのです。お参りするのに、何時間かかります」
「さあ、ゆっくりお礼して、お話を聞かせて頂いて、二時間ぐらいかかると思います」
「そうだったら、まだ一時間余っている。そんなふうに勘定して、毎日、参らせて頂きなさい。今後は、寝なくてもすむ。だまされたと思 ってやってごらん」

 話が分かりますと、それから、毎日参るようになりました。すると、翌月は患いません。身体が悪いことは何も言いません。三カ月ほど たつと
「先生、もっと早く教えて下さればよろしかったのに」
「何を?」
「毎日お参りせよ、ということです」
「………」
「と申しますのは、毎日、お参りするようになりましてから、ちょっとも寝ないようになりました」
「それでよろしい。あんたは、もう寝るような頭痛も肩のこりもなくなった」
「それに、この頃では、少しばかりの貯蓄が……」
「それは有難いことだ。だが、どうして貯蓄ができるようになったのか。おかゆもすすりかねているように言っていたのに」
「それが先生、有難いことには、これまでの仕事は、木綿物ばかりで、綿入れ一枚縫っても、一円二十銭にしかならず、私の手では、一日 で縫いあげかねます。袷(あわせ)が一枚八十銭。それが、毎日お参りするようになってから、持って来てくれる仕事が上等になってきま した。〃ちょっとこの帯〃と言って持って来てくれますと、六、七時間で手じまいになり、だまっていても、二円五十銭は頂けます。〃ち ょっとこの羽織〃で、二円頂けますから、この頃は、身体は楽をして、今までより、余計にもうけさせてもらっております。しぜん、貯蓄 ができるようになりました。有難う存じます」

と言って、大そう喜んでいましたが、この人にこんな教えをした私が、信心初めにどうであったかといいますと、この人と同じような分か らず屋であったのですから、あまり自慢にはなりません。
(この「我が信心の歩み」は、2006年9月に掲載されたものです)
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