「我が信心の歩み」 (連載第21回)


[二十一]  何が私を苦しめたか(2)


 そこで、これまでの私の神様の祀りようは、どうであったかをしみじみと考えてみました。正直なところ、なっていませんでした。お祀り申し上げる神様は、天地をご主宰なさる親神様です。この神様を家にお迎えしてお祀り申せば、その家のご主宰・ご主人であることは、言うまでもないことです。が、実際はどうであったか。朝夕、お礼を申していたといっても、どんなお礼をしていたのでしょうか。まるで神様を、家に置いてやっているというような、邪魔者扱い・居侯扱いにしていなかったか。「神様」と言っているのも名ばかりで、「神公」と言うが当たっているのです。口では「神様どうぞ何々して下さいませ。これこれのおかげをお授け下さいませ」と、ひどくつつましやかに申し上げてていましても、それは、言葉のあやというだけのもので、腹の中では「おい、神公、さあ出て来て、これをこうこうせい。こっちの言うことをきかなかったら、以後拝んでやらんぞ」と、尻をまくっているのと大差ありません。

 それゆえ、物事が順調に運んでいて、自分の都合のよい時は、「あなたでなくては……」という式に、神様の前に頭を下げて、まるで羊のように素直ですが、ひとたび物事が逆の方向に転じて、自分に都合が悪くなろうものなら、その様子ががらりと変わって、不足のありったけを並べたてて、まるで狼のように神様にかぶりついていました。これは、何という大間違いであったかということを、私はよく分からせて頂けました。そして私は、ご無礼、心得違いを心からお詑び申し上げて、それからは神様を真のご主人として、祀らせて頂くおかげを蒙りました。

 では、それから後の私の行き方は、どうなったでありましょう。神様はご主人です。自分は奉公人です。商売は神様のお商売。私は神様という親方が使って下さるままに、神様にお約束した八つのことをよく守って、番頭・召使いの役を、おろそかにしないようにすればよろしいのです。私の務めといえば、それだけです。ですから、それからというものは、着物も、自分で着ようとはしません。米代も、自分で払おうとはしません。支払いは、みな私の責任でばなくて、主人の責任です。着ること、食べること、住むこと、何から何まですべて、親方持ちです。それで、私には、着ること、食べること、住むことにかかる心配は、一切自分でしないことになりました。そこで、これからは、いよいよ信心が、日々の生活に織り込まれてゆくことになりました。

 このようになったのは、私が最後の行きづまりで、こうするのが本当の行き方であると、分からせて頂いたからです。と言いますと、さんざん自分が得手勝手なまねをしておいて、どうにもならなくなってから、仕方なく、その後始末を神様に持ち込んで、神様に尻ぬぐいをしてもらった、ずるいやり方のように見えるかもしれません。しかし、こうするよりほかに行き方はなかったのです。それと同時に、御教えに『心配する心で信心をせよ』とありますが、『心配する心で信心』するよりほかには、目先のおかげを超えて、末始終の安心、永遠の助かりという、真のおかげが光り輝く新天地に、人らせてもらうことはできないということを分からせて頂けたのであります。

 ところで、話しついでに一言つけ加わえておきたいことがあります。それは何かと言いますと、もし、私が、欠損の赤字つづきで、この分では、どうみても立ち行く見込みはないという最後の行きづまりに打ち当たって、へこたれてしまい、「信心もいい加減なものだ。するほどのものではない」と、信心を投げ出し、信心をやめてしまっていたら、その結末は、どうなっていたでしょうか。『このかたが天地金乃神より、おかげを受けでおることを、話にして聞かすのぞ。うたご(疑)うて聞かぬものはぜひに及ばず。かわいいものじゃ。また、時を待っておかげを受けるがよし。めいめいに子をもってがってんせよ。親の言うことを聞かぬ子が一番つまらぬ。言うことを聞かぬ子は、親もしかたがあるまいが』。この御理解通りであったろうと思います。私は、信心をなくすと同時に、『時を待っておかげを受けるがよし』と言われてはいるものの、永遠にその『時』を取り逃がしてしまって、『親の言うことを聞かぬ』『一番つまらぬ子』として、無情の嵐の中を、いつまでもさまよい続けていたことでありましょう。

 そういう点から言いますと、ある一部の人々には、私の信心が、一にも金、二にも金と、金欲しやという目先のおかげばかり追っている信心で、何と性根の卑しい信心であろうと思われることでしょうが、そんな信心でも、さきにお話ししたような助かりに行き着くことがでましたのは、たとえ卑しくても、そんな信心が、どこまでも続けられたからでありまして、その粘り強さがものを言ってくれたと思います。

 御理解に『病人や、代々難儀の続く人が、神のおかげを受けるのは、井戸替えをするに、八九分替えて、たいくつしてやめれば掃除はできぬ。それで、やはり水は濁っておるようなもので、信心も途中でやめれば、病気・災難の根は切れぬ。井戸は清水になるまで、病気・災難は根の切れるまで、一心にまめ(壮健)で繁じょう(昌)するよう、元気な心で信心せよ』と教えられていますが、この分では破産するよりほかに出る道のない、最後の行きづまりに立ちいたっても、信心の破産ということにだけはなりませんでした。

 「自分の信心のどこかに、間違ったところがあるから、こういうことになったのだ」と、その違ったところを調べるために、またしても、御神前で、信心の腕組みをして考えさせてもらいました。ーーこのような粘り強い信心をさせて頂けたのも、この〃おかげを蒙らずにはおれない〃という一念が、私の信心をむち打ってくれたからです。私が、末始終安心のおかげの世界へ出ることができましたのも、いつに、目先のおかげ欲しやの一念が、その水先案内をつとめて、私を激励して引っ張って行ってくれたからです。『信心は相縁・機縁』です。その信心初めは、何からでもよろしい。その入信のきっかけが何であろうと、そこに信心の優劣、高低を決めるはかり(秤)をおいてはなりません。それは、信心初めのことです。信心の出発点の話です。肝心なことは、最後に、本当のものをつかむか、つかまないかにあるのです。
 
私は、この前章で、「欲」の話をしましたが、世間では、信心には欲は禁物、欲を放らないと信心にならないと言うが、私は欲は放らなくてもよいと言いました。欲は放らなくてもよいと申しましたわけが、ここで、一層はっきり分かってもらえたと思います。私の信心する神様は『神の綱が切れたというが、神は切らぬ。氏子から切るな』という神様です。お互いは、絶対に神様の方からはお切りなさることのない神の綱を握っで放さず、ここまでたぐりにたぐって、最後につかむべき本当のものを、つかませて頂かなければなりません。
(この「我が信心の歩み」は、2007年3月に掲載されたものです)
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