「我が信心の歩み」 (連載第32回)


[三十二]  おかげはわが心にあり(4)


 以前にも、十八、九の若い人が「先生、私も教師になりたいから、書生においてもらえないでしょうか」と言いますから、「それはお安いご用だが、宗教家といったら、自分の命をけずり、身体をはいで、向こうへ足してあげるという気分でなくては、務まらない仕事だが、それをご承知か」と言いますと、「大変むずかしいんですなあ。それでは、もう一度考えてみます」と言って帰りましたが、翌日出て来て「先生、そんなにむずかしいのならやめにします」という返事です。

 「それではやめにしなさい」と、それで、書生に住み込むという話は打ち切りになりましたが、今度は「そうしますと、先生、私は、何をさせてもらったらよろしいでしょう?」という相談です。「みんなに尋ねてごらん」「みんなに尋ねてみましたが、意見がまちまちで、一致しないのです。叔父は、米屋をせよと言いますので、叔母のところへ行って、その話をしますと、米屋は冥迦(みょうが)の悪い商売だから、酒屋をせよと言いますし、何をしたらよいのか、さっぱり見当がつきません」「それは、自分のことは自分で決めるのだ。そんなことを人に尋ねても、分かるものではない。みそ屋で財産をこしらえた人もあれば、みそ屋でみそをつけた人もある。みそ屋で成功した人は、みそ屋にかぎると言うだろうし、みそ屋で失敗した人は、あんな商売するものではないと言うだろう」。
 この間も、心斎橋筋で店を出している信者がお参りして来て、「先生、荷回りの方がよろしい。店を出せば、店代、電気代、ガス代と何やかやの入り用がかさみ、品物を店先に陳列すれば色が変わりますし、どんなに表をたくさんの人が通っても、店に入って買ってくれなければ、何にもなりません。どう考えても、荷回りの方がよろしい。持って回れば、〃出してみい、買おう〃で、まず十軒回って、少なくとも五、六軒は買ってもらえます。電気代、家賃、税金等も少なくてすみ、年季物(売れ残り商品)もそんなに出ません。やはり荷回りにかぎります」と言っていました。
 しかし、また信者でも、荷回りしている人は「荷回りはいけません。まるで、その日かせぎの職人みたいなものです。身体を持って行かないと、商売になりません。その点、店を出す方が、どれだけ得か分かりません。身体はじっとしていても売れてゆきます。持って回れば、月のうち回れるのは、たかだか二十二、三日ですから、やってゆけません。店なら、定休日があっても、月のうち二十九日は、店をあけて営業ができます。自分が身体を悪くしても、家内が代わりできます。荷回りでは、私がちょっと風邪を引いたら休業で、家内が代わりをするわけにもゆきません。こっちは、身体を持って行かないと、お金にならないのですから、つらいことです」と、私にこう話していました。
 人の言うことを聞いていたのでは、どっちがどっちか決めようがない。そんなこと、誰に尋ねても分かるものではない。人の言うことは自分の参考になるまでです。

 「自分は、何とともに死のうか。自分の職務は、そういう考えによって選ぶべきです。ですから、自分の職業を決めるということは、自分の墓場を決めることだといってもよろしい。ちよっとやってみて、これは面白くない。やってみたが、も一つ感心せんという調子で、あれもやってみる、これもやってみる、というようなことではいけません。どうなろうとも、自分は、これとともに死ぬんだというものを決めて、決めた以上は、それと死ぬ覚悟で一生懸命やりなさい。そうすれば必ずやってゆけます」と言って、職業の選択に迷っている青年に話したことがあります。

 これは、何も職業を選ぶ時の話にかぎりません。お願いもまたそうです。あれかこれかと、お願いの腰か座らずにふらふらしていて、何で助かりましょう。それで、御教えにも『神の徳を十分に受けようと思えば、ままよという心をださねばおかげは受けられぬ。ままよとは死んでもままよのことぞ』と仰せられているのです。
 
 〃信なき亀、甲らを割る〃というたとえ話があります。
 あるところに、大きな池があり、そこにたくさんの亀がすんでいました。その池には、毎日一羽の鷺(さぎ)が、えさをあさりに舞いおりて来ました。ある年のこと、何日も日照りがつづいて、池が干上がり、水が一滴もなくなってしまいました。亀どもは、大層弱って、どうしたものかと相談いたしました。そこへ鷺が飛んで来ました。「君たち、みんな寄って何をしているんだ」「水が一滴もなくなってしまったので、どうしたものかと、相談しているところなんだ」「それは気の毒だなあ。それでは、ぼくが水のあるところへ連れて行ってあげよう。山を三つ越したら、向こうに大きな池があるから」。こう言うと、一ぴきの亀が「では、連れて行って下さい」と頼みました。鷺は快く承諾して「それでは、山へ行って木切れを拾ってくるから、その間、待っていてくれ」と言うと、どこへともなく飛び去りました。
 すると、そのあとで、仲間のものが「お前はばかだなあ。鷺は親切そうに言って、お前をだまして、お前を殺して食べるつもりなんだ。その悪たくみに気がつかんのか」と、寄ってたかって、その亀に忠告しました。しかし、いったん行くという決意を固めた亀は「どうせここにいても死ぬのではないか。たとえ鷺にだまされて殺されても、死ぬことには変わりがない」と言い放って、みんなの言うことを聞きいれませんでした。これが、信ずるということの本当のすがたです。ここまで信じてこないと、本当ではありません。

 ほどなぐ、鷺がもどって来ました。「さあ、この木切れを口にくわえなさい。ぼくは、この木をつかんで空を飛んで行くから、ぼくが、もうよいと言うまでは、君は、じっと目をつぶっていて、あけてはいけない」。鷺は、くれぐれも亀に言いふくめた上で、木切れを亀にくわえさせると、空高く舞い上がりました。

 亀は、これまでに、地上三寸より高く昇ったことがありません。それが地を離れて、ぐんぐんと上に昇って行く様子ですから、気味が悪くなりました。そこへもってきて、下から声が聞こえてくる――「ばかやろう!」「だまされて殺されるぞ」と、仲間の叫び声です。「ぼくがよしと言うまで、決して目をあけてはならん」と、固くとめられていましたが、気持ちがよくないのと、仲間が騒いでいるのに、つい気をとられて、五丁(五百m)も上昇した時、あけてはならない目を、ちょっとあけて見て、びっくりしました。「これは、大変なところへ昇ったものだ。この分だと、仲間が言っていたように、わしはこの鷺にだまされて、食い殺されるかもしれない。これはえらいことになった」と、亀に、こんな疑惑が生じ、何か言おうとした瞬間、木切れをくわえていた口をあけたからたまりません。空中から真っ逆さまに落ちてしまいました。しかも、落ちたところが、折悪しく岩の上でしたから、こっぱみじんに甲らを割り、失わないでもすんだ一命をなくしてしまいました。これが〃信なき亀、甲らを割る〃というたとえ話です。

 信心も同じです。いろいろのことが起こってくると、えてして心が神様から離れます。それで、おかげという水のあるところへ行けなくなるのです。頭を勝手にひねるから、行き着くところまで行き着けないで、途中で落ちてしまうようなことになるのです。おかげを蒙るのには、ままよ「死んでもままよ」と、目をつぶって「なんとしても、おかげを蒙る」という心にならなければなりません。

(この「我が信心の歩み」は、2008年2月に掲載されたものです)
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