「我が信心の歩み」 (連載第33回)


[三十三]  おかげはわが心にあり(5)


(1)  背負いの呉服屋さんの話

 以前も、ある背負いの呉服屋さんが、お参りして来ましたので、
「この神様に信心させて頂いたら、年季物はできないと思うのだが、あんたのところはどうですか」
 と尋ねると、

「どういたしまして。年季物がたくさんできて、困っています」
「そんなことはないはずだが」
「でも残って、困っています」
「神様にお願い申して仕入れさせて頂いたものなら、残らんはずだが」
「先生はそうおっしゃいますが、私は、お願い申して買わせてもらっていましても、残ってくるのです」
「いや、そんなことはない。本当に神様にお願いしているのなら残らない。それでも残るのなら、本当に神様にお願いしていないからだ。〃これから買い物にやらせて頂きます。どうぞ買い場のおかげを頂けますように〃と、神様にお願い申して買い物して来たのなら、それはきっとおかげの蒙れる品物だ。ところが、その品物を、お得意へ持って回って〃こんなものを買って来て、あんたにも似合わんことだ〃と言われると、〃しまった。こら、買いそこなったぞ。損をしなければよいが……゛と思いはしないか。もし、そんなことを思いながら、品物を持ち回っているのだったら、品物は死んでしまう。自分の心の持ちよう一つで、品物を生かすか、死なすかということになる。

 二軒持ち回って、けちをつけられると、もう持って回る気がしない。でも考えてみると折角、仕入れた品物だから、持って回らないわけにもいかない。それで持って出るには出るが、荷物の底の方に入れておく。お願い申して買っておきながら、自信をなくしてしまって、自分から売れないようにする。それで四、五日持ち回ったあげく、〃この品物は売れないから、うちに置いておこう。ひやかされるばかりで、ばからしい〃というので、うちにしまい込んでしまう。といって、いつまでもうちに置いたままでも仕方がないので、また荷物の底に入れて、持って出るものの、まず現在一番自信のある品物を荷物の最上部に置いて、いの一番にそれをお客に見せる。そして、けなされて自信をなくした品物は後からでないと見せない。
 ですから、やっぱり売れない。〃こら、やっぱり売れんなあ。重いのに持って回って、売れないところをみると、これはてっきり買いそこなった〃というので、家に置いておく。こんなふうで、売れない品物が残ってゆき、それで年季物がたまっていく。――こんな具合いと違うか」
「先生よう知ってらっしやいますなあ。まるで後ろからついて来て、見ておられるようですわ」
「いや、見てなくても分かる。信念がなかったら、そうなってくるのだ。私なら、そこのところはこうですなあ。――神様にお願い申して買わせて頂いたのだから、きっと売れるものだと信じている。だから、いくらけちをつけられようが、ひやかされようが、そんなことで信念はぐらつかない。〃この品物でなくてはならない家が、必ずあるにきまっている。まだ、この品物をほしいという家に行き当たらないのだ〃。そこで、その品物を売るのに、今まで十軒回っていたものなら、十二、三軒回るようにする。しぜん、他の品物も売れ、売上げも増える。

 それなのに、あんたが、年季物をかかえ込まねばならないというのは、買い場、売り場のお願いをしておきながら、半分遊んでいるような商売の仕方をしているから、売れるに違いない品物でも、五日も六日も、七日も八日も、持って回らなければならないようなものを、神様が買わせなさるのだ。つまり、あんたの勉強が足りないで、お得意へ足を運ぶのを遠慮して、信心に骨折りが足らないから、〃さあ、この品物のほしい家がある。もっと得意先を回れ〃と、神様が、こ催促下さっているのだと思わなければならない」
 と話させてもらいました。

 お互いの願いはどうでしょう。ただ口先だけで、神様の前に座った時だけ、一心にお願いしているようだが、神様の前を離れると、今お願いしたことがもう消えてしまっている。今お願いしておきながら、こっち向いたらもう忘れてしまっている。これでは折角のお願いが、何にもならないことになる。お願いをさせて頂いたら、その願いをつらぬくように骨折っていかなければなりません。

「神様の方では、おかげをくれくれと言われるので、おかげを渡そうとされても、お願いする方が、お願いしたこと忘れて、手を受けないのですから、神様はお困りだろうと思う。神様の方ではおかげを下さっているのに、二、三軒の得意先でひやかされると、さきに願ったことを忘れてしまい、願いを立て通すことをしないで、たくさんの年季物を、こしらえるというようなことになるのだ」
 と、この点をやかましく教えました。

 それから後は、年季物ができないようになり、ずんずんおかげを蒙って、商売もよくできるようになりました。
「先生、やっぱり、お言葉の通りでした」
 と言っていましたが、神様にお願い申した以上は、どんなことがあっても、願い心を消さないよう狂わさないように、最後まで貫き通すことが大事であります。

(この「我が信心の歩み」は、2008年3月に掲載されたものです)
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