「我が信心の歩み」 (連載第40回)


[四十]  神様がご主人、自分は奉公人


昔は、徹底的に信心しようと思えば、出家入山といって家をとび出し、人里遠く離れた山奥に入って、俗世間の人たちと交渉を断ち、抹香(まっこう)をたいて、お経を読んで、じっとしていなかったら、信心にならないように思われていたようです。しかし、それでは信心くらい非生産的なものはなく、俗世間に末練の多い私どもには、何か縁のないことのような気がします。しかし金光様のお道は、そうではありません。

 この複雑極まるきびしい世渡りにおいて、各自の職分を尽くしてゆくところに、めいめいの信心の成就をみるのです。ですから、お道の信心は、あの世のことではなく、この世のことであり、日々の生活と離れたものではありません。信心即生活、生活即信心であります。もし、信心と生活とが、てんでばらばらに離れていたりしたら、それはかたちんばの信心、かたわの信心で、本当の信心ではありません。

 先年、ある田舎の教会に参りました。そこで、二尺五寸ばかりのみごとなぶどうを見せてもらいました。「これは、うちの信者が作ったものですが、こんなにするまでには、四、五年はかかっています。何月何日に肥科をやる、木の様子がおかしいと、そばを離れず、肥料をやったり、水をかけたりして、並大抵の苦心ではなく、研究に研究を重ねたあげくの結晶です。この作り方は、話すとすぐに、他人にまねられますので、絶対秘密にして、研究を続けています」と、若先生から、まるで自身がぶどう作りをしているように、詳しくその話を聞かされました。その時、私は「先生は、あれでなくてはいけない。あれでなくては道が立たん」とひどく感心しました。

 「先生、こんなものができました」と言われて、「ははん、そうか」と、口をあけているようでは、先生とは言われません。信者が作るものは、先生も作る気持ちで、神様に持って行ってこそ、先生であります。この教会の先生は、いい息子さんを持たれたなあと、心ひそかに、お祝い申し上げました。

 ちょうどこの話の席へ、西瓜(すいか)を作る信者さんが顔を出しました。「先生、うちの西瓜は、普通の相場より三割高く売れます」「どうして?」「味が違いますので…」。こう言って、この人は、次のような話をしてくれました。

 「これまでうちの西瓜は、〃丸の中にサ〃という字を書いた(サ)という判を押していましたが、西瓜が丸くて判がつきにくいので、山にサーー〈サという判に替えましたら、問屋から〃前もって一言の知らせもなしに、そんなことをされたら、違った西瓜のように思われて、迷惑するではないか〃と、小言を言われたほど、味の上におかげを蒙っております」

 その人の話はこれだけですが、信心していない人から見ますと、こんなことがあるということは、不思議でならないでしょうが、ここが、信心する人としない人との相違で、その相違が値段の上で三割の相違となって現れたのです。私はこの話を聞きながら、この教会が、いつもどんなに熱心に、家業と信心とを一つにして教えておられるかが分かり、信心と生活とが離ればなれのものではない限り、家業と信心もまた、離ればなれのものであってはならないということを、一層はっきりと感じさせられました。

 昔は、宗教といいましたら、食うこと着ることなど、生活の問題はのけものにしてしまい、霊の問題ばかりに重きをおいていたようですが、食うこと着ることに余裕のあった昔なら、それは大した問題ではなく、それでよかったかもしれません。しかし、今の時勢では、食うこと着ることなど、並大抵のことではないのですから、放っておくわけにはゆきません。お互いは、霊ばかりからできているものではありません。肉体を度外視して、霊や精神ばかりを救おうとしても、それは無理です。

 空腹なのに、一杯のご飯も一わんの汁も食べないで、満腹だと思わないと助からないのであったら、それでは、霊は満足しても胃袋は承知しません。以前から霊の救済を看板にかけていた教派が、社会事業という名で、師走の街頭に、何々なべを持ち出して、メガホンで声もかれんばかりに、道行く人々に、「正月のもちをつけない人々のために」と言うようになりましたのも、霊ばかりの救済では役に立たないということに気づいたためではないでしょうか。

 私は、十二年間、家業の上で、生活問題に苦しみ悩みました。十三年目におかげを蒙って、〃自分は奉公人〃という思いに徹するようにならせて頂きましてから、あらゆる生活問題は、もう問題でなくなり、私自身が救われました。そしてこの私の信心体験の話によって、今日まで、どれだけの信者さんが、助かった、と言って喜んで下さっていることでしょう。ここに私の〃神様がご主人、自分は奉公人〃という、一粒の種が、どんな畑にどんな花を咲かせ、どんな実を結んだか、その三、四の例を拾いあげて、お話ししてみましょう。
(この「我が信心の歩み」は、2008年10月に掲載されたものです)
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