[四十一]  神様がご主人、自分は奉公人(2)

(1)居候を六人も預かって<1>

 堂島に、Tという背負いの雑貨屋さんがありました。五十円の資本で商売をしているのですから、懐はあまり楽ではありません。しかも、その資本の五十円も、高利貸から 借りたもので五十円の借用証書で、実際の手取りの金は、三十四円なのですから、たかが知れてます。ですから、一節季が過ぎ、まあ五円か十円残ったら、成績がよい方です 。

 ところが、この人の家内の里は、どうかと言いますと、七人家族で、どうにも食べてゆけないほど追いつめられていました。ある日のことです。私はTさんに言いました。

「あんた、おかげが転がっているが、おかげをもらわないか」

「どこにです。転がっているなら、頂きます」

「そうか。では、教えてあげよう。妻君の里は、一人は勤めに行っているからいいが、あとの六人を、あんたの手元に引き取ったらどうか」

「そんな無茶なことができますか。私のところは、五十円の資本で商売しているのですから、いくら一生懸命に働いても、一カ月に五円か、十円しか残りません。その上、親子六人も引き受けるなんて、できるもんですか。どんなおかげがあるか知りませんが…」

「でも、そうしないと、あんたも倒れてしまう」

「それは、どういうわけですか」

「引き受けないにしても、家内の里のことだ。〃ちょっと五十銭〃〃ちょっと一円〃と無心を言われて、断れますか。〃ちょっと〃〃ちょっと〃で取られてしまう。お金がなかったら、品物で持って行かれる。もう二ヶ月したら、あんたの家は、つぶれてしまう」

「そら、そんなふうにされたら、つぶれてしまいます」

「だから、引き取れと言うんだ。おかげを蒙れば、よいではないか」

「それは、ご免蒙ります。今でさえ、食いかねていますのに、その上に、家内の里から親子六人も引き取ったら、一カ月も持ちません」

「いかにも、あんたの勘定から言えば、そうなる。しかし、親子六人引き取ったからといって、別に、あんたに養えとは言わない。あんたのような甲斐性なし――五十円の元手をこしらえるにも、高利貸の金を借りるよりほかに、工面ができないような人間に養えと言うのではない。あんたも一緒に養って頂くように、信心させて頂いて、おかげを蒙ったらどうか。無論、あんたが養うというような気分では、あんたも立ちゆかない。神様に養って頂くのだ。自分でソロバンを持つことをやめてしまって、神様にお願い申して、引き取らせてもらうのだ。そうすれば、それで、どちらも立ち行く」

 いろいろの例をあげて分かるように話をしますと、やっと納得がいきまして、私の言う通りにすることになりました。それは、その年の十一月二十五日のことでしたが、十二月一日に、お参りして来た時にはこう言いました。

「先生、家族が増えましたので、お米がたくさんいります。小遣いでも、これまで五十銭あったら、何日も使えたのに、一円出しておいても、すぐになくなってしまいます」

「そんなソロバンを持っていたらいけない」
「いけませんか」
「そんなことを思っていたら、とてもやりきれない。神様にお願いして、養って頂いているのと違うのか。あんたが、あんたの働きで養っているのではない。神様というご主人にお頼み申して、あんたも一緒に食べさせて頂いているのだ。あんたは甲斐性がないのだから、心配することはない。あんたは奉公人、番頭だ。そんなことを心配しなくてもよろしい」

「それは、分かっていますが」

「分かっているなら、小遣いがいくらいろうが、お米がいくらいろうが、よいではないか。そんなことを思っているようでは、とても立らゆかない」

「でも、この五日間で、十円も足りなくなりました。自分は番頭のつもりでも、もうけの少ない時には、その不足分の出どころがありません。先生がおっしゃるように、平気ではいられません。お金を扱うのは私ですから、どうしても金の勘定をしなければなりません」

「勘定をしたらいけないとは言わん。勘定をしたら、その不足分を、どうして神様に伝票を出して請求しておかないのか。そうするのが、番頭としての役前であり、それがお願いというものだ。あんたには、養うというような甲斐性はないのだ。おれが養うというのでは、やってゆけるものか」

「先生、そう言われますが、仮に、下駄を買うにしても六足、襦袢(じゅばん)を買うにしても六枚もいります。これから寒くなって、綿入れをこしらえるとなると、やはり六枚いるのですから」

「そんな勘定をするのがいけない。甲斐性もないのに、よけいなことを思うのが間違いだ。〃神様、こうこうして頂きとうございます。あとあと都合よくおかげを授けて頂きますように〃と、神様にお願いしておけば、それでよろしい」と、その折、そういう話をしておきました。

 Tさんは、五日間で十円足らないということを苦にしているのですが、まだまだ、Tさんには、〃自分が養っているのだ〃という思いが抜け切っていない。私はこれでは危 ないと思いました。そこで、朝に晩に、Tさんの顔を見るたびに「あんたが養うのと違いますで。あんたと一緒に、六人が神様から養って頂くのだから、そこをはっきりして、神様にお願いしなさい」と、やかましく言い通しました。

 それから一ヶ月たって、正月のことです。お参りして来て、御神前で泣きながら、「有難うございます。おかげを頂きました。有難うございます」

 そばでお礼をしている人が、変な顔をして見ているのもかまわず、泣きの涙でお礼を申していました。よっぽど有難かったに相違ありません。
                                        続く
<2008年11月掲載>
(「我が信心の歩み」の内容は毎月更新されます)
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