「我が信心の歩み」 (連載第53回)


[五十四]  芝居は三番叟(さんばそう)だけで閉幕


   教会を持たせて頂いて一週間たった日の、夜の十二時頃でした。私は、家内から、「お米がなくなりました。これから買いに行きましょうか。それとも、明朝、早く起て、買いに行きましょうか」という相談を受けました。

 私は、
「ははん、いよいよお米が切れたんだなあ」
と知りました。私としましては、今さら、私自身がやきもきして、お米の心配をしなければならないような頼りない神様に奉公しているのではない、という信念がありますから何を聞かされても、腹はすわっています。布教を始めて間もないことですし、最初から、米俵を積んでかかったわけではなし、「米の切れることもあろう」との覚悟はしています。ですから、平気です。でも、それは、私だけのひとり合点です。

 私の腹の中がはっきりのみ込めていない家内とすれば、心配するのも無理はありません。そこで私は、このように言いました。
「それは大変なことになった。あんたは、悪い病気にかかっている。ここにいたら命がない。一刻も早く転地療養した方がいい。さいわい、紀州が郷里だから、和歌の浦に行って、ゆっくり保養しなさい。転地となると金がいる。今、私の手元にお金がないので頼りないだろうが、その点、心配はいらん。明朝、友人に来てもらって、毎月いるだけ送金してもらうように話をしょう。今夜のうちに出発の支度をしておきなさい」

私は家肉に、転地療養をすすめました。すると、家内は妙な顔をして聞き返しました。
「私は、どこも悪いところはありません」
「いいや、あんたには分からないが、とても大病だ。内攻していて、非常にたちの悪い病気だ。一刻も早く療養しないと、命にかかわる」
「と言われても、私は、別に身体の異常はありませんが……」
「いや、放っておくと命をおとす。早く行くに、こしたことはない」
「私には一向に分かりませんが、病気は何病です?」
「病名か、あんたの病気は、お米食べたい病だ」
とこう言いますと、家内はすぐに理解できました。
「分かりました。いらないことを、お耳に入れまして相済みません。どうぞお許し下さい」
「分かったか」
「分かりました」
「分かればそれでよい。もう病気は治った。二度とこんな病気にかかららないようにしなさい。〃死んでもままよ〃の心で、神様一心におすがり申し、神様のかわいい氏子を助けさせて頂くのだ。自分が助かりたいようなことで、どうして人か助けられよう」
 
 こう言って聞かせました。家内も、よく分かってくれました。
それより前、私が布教にとりかかる前のことです。私は、家内に決心させようとして、それとなく、家内に別れ話を持ちかけました。

「今度、都合によって、夫婦別れしなければならないようなことになった。長らく連れ添ってきてくれたが、別れてもらいたい」。突然の言い渡しですから、家内は顔色を変えました。「私に何か悪いところがあって、そうおっしゃるのですか」

 「何もあんたに、これという悪いこころがあってではない。私の道楽とでもいうか、私は、これから私の好きな仕事をして死のうと思う。それが、あんたの好きな仕事なら、一緒にやってもらってもよいが、どうもあんたの好きな仕事のように思えない。私は、好きな仕事のことだから、そのために命を失ってもかまわないが、自分が好きだからと言って、あんたにまでその巻き添えをくわせて、死ぬ思いをさせるのは、本意でないから……」
 
なるべく事柄の中身にふれないで、あっさり片づけようと思いましたが、家内もそのままでは「はい、そうですか」と引き下がってくれません。
「仕事といって、何をなさるのです。何か知りませんが、骨になるなら、ともどもでございます。死んでもかまいません」 こう言って、根掘り葉掘り聞きただします。私も、かくし通すわけにいかなくなりました。

 「では、打ち明けよう。実は、御神命を頂いて、布教に出ることになった。教会を持ったとなると、これまでと違って、お金の入る当てがない。まかり間違ったら、飢え死にするかもしれない。ともかく、死を覚悟してかからなければならない。あんたは、私に付いて来られるだろうか。どんな難儀に出あっても、愚痴を言わないで、死んでもままよという覚悟なら、一緒にやって行こう。が、そうでなかったら、今が別れる一番よい時だ。あんたの身の行く末を思って、別れ話を切り出したんだが…」
と、 私は包み隠さず腹の中を打ち明けました。そんなことがあったので、家内としても、今度のようにお米がなくなるということは、前もって承知しているはずですから、「お米食べたい病」ということにかこつけてもう一度、覚悟を確かめておいたのであります。

 食べるお米がなくなっては、翌日は、いやでもおうでも、口に「本日休業」の札をかかげるより仕方がありません。お米のお下がりを頂かない限り、一勺一合の米も買うことはなりません。いよいよ、これからが神様と命がけの首っ引きだとなりますと、お米か切れたということが私には、日照り続きに雨を待っているように、かえって楽しみになりました。
 
 「さあ、おかげを蒙った。いよいよ本舞台の幕あきだ。芝居で言ったら今のところは三番叟(さんばそう)の幕があいたにすぎない。狂言の順序は、前狂言から、中狂言に進んで、最後が切り狂言―打ち出しとなるのだが、神様はどんな筋書になさっているのだろうか。神様には、どんな役柄をこの自分にふりあてて、切り狂言の舞台に登場させようとしておられるであろう。最後の切り狂言こそ、見もの中の見ものだ。いずれ、切り狂言の幕があくのだが、舞台に横たわるのは、八足(はっそく)台にしがみついて、歯を食いしばっている自分の死体だろうか。それとも、舞台の真ん中で、元気一杯に、神様は絶対に死なせなさらんと、その思召しをおたたえ申し上げている自分であろうか。

 いずれにしても、私の神様への奉公が、神様のご気感にかなっているのか、いないのか、それがはっきり決められる日が近づいたのだ。神様は、どんな手を打たれるだろうか。この自分は、すでに、さきに商売の行きづまりでおかげを蒙った時から、神様によって、生かされて生きているものであるかぎり、神様の思召しにそって生きていく、その生き方に、間違いさえなかったら、必ず、生かして下さると、信じさせて頂いている。今こそ、この自分の行き方が、正しいか、正しくないか、神様に体当たりして、はっきりさせなければならない」。

 私は、自分におそいかかってきた〃米ききん〃を、芝居に見たてて、どんな芝居が展開されるか、いろいろ空想しつつ、興味深く、その成り行きを見まもりました。

 「芝居はこれからだ。狂言がどんな筋を追っていくか、幕数を重ねてみなければ分からないが、半月か一カ月ぐらいは、このまま放っておかれるかもしれん。神様は、きっと知らん顔で放っておかれるに違いない。その時の見ものは、自分の信心が、それでどう動くかということだ

 信念を体得させて頂いたと自負しているが、ぐらつきはしないだろうか、ひっくりかえりはしないだろうか。いや、一難来るごとに、いよいよみがきがかけられて、信念はますます堅固なものになるに違いない。それは、今日までの自分が、まだ体験していないことだ、今、その実験台に立たされたのだ。その実験経過を自分で見させてもらえるのは、有難いことだ」。これがおかげでなくて、何だろう」。私は、失望も落胆もしませんでした。

 ところが、その翌日のことです。ある信者さんが、おかげを頂いたお礼にと言ってお米を一俵、そのほかに、十人ほどからお米のお供えがありまして、量にして六斗ばかりでした。このようにして、次々にお供えがありましたので、私が深刻な予想を立てて待ち構えていたお芝居は、開幕にいたらず、私は拍子抜けして、がっかりしました。惜しいことに、芝居は三番叟だけで幕がおり、打ち出しとなってしまいました。

 その後、この芝居は、ずっと休演つづきで、一向に幕のあく様子がありません。私としましては、ガンと玄能でやられても、滅多に割れないように信念を固めているつもりですが、そんな場合に、私の信心が、どんな様子になるか、それは私自身にも、実際に打ち当たってみないことには分かりません。折角、当てにしていた良い機会でしたが、あまりあっ気なくすんでしまい、その機会を逃してしまったことが残念でなりません。                                  
(この「我が信心の歩み」は、2009年11月に掲載されたものです)
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