「我が信心の歩み」 (連載第54回)


[五十五]  お供え物にからむ思い出(上)


    郷里から、母親がやって来たのは、その翌日のことでした。神様から、「お供え物を下げよ。そして、親の前へ出してみよ」という仰せです 
 その通りにしますと、母は「どうするのか」と言いますので「あなたに調べて頂きたいのです」と申しますと、ひとわたり、そのお下がりに目を通してくれました。かなりたくさんのお下がりがありましたので、母も案外の様子で、「この分ならば、やってゆけるだろう」と、安心してくれた様子でありました。
  母にしますと、私が商売を放ってしまい、まとまったお金も持たないで、収入の道の当てもない、とても小さく頼りない教会を持たせてもらっているのですから、「どんな生活をしているのかしら。その後、どんなことになっているのだろうか」という心配から、それとなく、私や家族の様子を見に来たらしいのですが、目の前に、いろいろなお供え物がたくさんあるのを見て、こんなにお下がりが頂けたら、まあ食べるには不自由あるまいと、安心した様子でした。それで、きげんよく郷里へ帰ってくれました。

 私も、母が安心してくれたのを見て、やれやれと安堵(あんど)の胸をなでおろしました。
 ところが、もう一日、母の来るのが早かったら、どうでしょう。お米ばかりか、何もなしのすっからかんでした。このことを思って、ぞっとしました。ところで、母が帰ったその翌日から、まったくお供え物がありません。そこで、私は思い当たりました。「なるほどなあ。母親が来るというので、神様が、こんなにたくさんのお供え物を、見せて下されたのだなあ」。私は、神様のお心尽くし、お心くばりに「有難う存じます」と、お礼を申さずにはおれませんでした。

 あるお百姓の信者が、金光大神様に、「天神様に信心するには、梅を断って信心しますと、神様が喜んでおかげ下さるとのことです。どこそこの神様へ参ったら塩断ち、火もの断ち、どこそこの神様なら何やら断ちすれば、おかげ下さると言われていますが、この親神様に信心して、喜んで頂こうと思いましたら、どうしましたら、よろしゅうございましょうか」とお尋ねしますと、金光大神様は「そうじゃのう、親先祖を大切にせよ。神はこれ以上の喜びはない」
と仰せられました。

 そこで、この方は、さらに言葉をつづけて「有難うございます。よく分かりました。それで金光様、重ねてお伺い申し上げますが、信心は、どのようにさせて頂いたらよろしゅうございますか」とお聞きしますと
「恩を受けて恩を知る心になれ。そうすれば信心になっていく」とお答えなされたと聞いています。

 一体、信心とはどんなものかと調べ求めてみましても、それは水の上に描かれる波紋のように、いくらでも広がってゆく大きな間題で、限りがありませんが、教祖様は、それを今お話ししましたように、たった一言で教えて下さいました。親を立て、恩を知るということを中心に、信心とはどんなものかを、はっきりお示し下されていますから、そこに中心をおいて、その心持ちを、すべてのことに押し広げていけば間違いありません。このように考えれば、むずかしく見える信心も、むしろ、しやすいものとなるではありませんか。

 ところで、私は、この御教えを人づてに聞かせてもらったのですが、その時、身震いするほど怖い思いをしました。それは、私の頭は、なにか聞くとその瞬間、その反対のことが浮かんでくるからでありまして、こんな恐ろしい御教えはないなあと思いました。では、どうして恐ろしいのでしようか。みなさんも、『親先祖を大切にせよ。神はこれ以上の喜びはない』という、この御教えについて、その反対の場合を考えてみてほしいのです。

 それは「もし、その反対に親先祖を無視したり、粗末にしたら、神はこれ以上の悲しみはない」ということになるからです。と思わせて頂くにつけて、私はこの御教えは、大した御教えだと頭が下がりました。

 言うまでもなく、神様の喜びは天地の喜びであります。よく「天地がほほえむ」と言いますが、親先祖を大切にして、これ以上の喜びはないと神様に喜んで頂くことは、とりもなおさず、天地からも、これ以上の喜びはないと喜んで頂けることになるのです。
 しかし、そこまで実際に思いをめぐらしている人が、何人いるでありましょう。お互いは、そこに心して、天地に喜んで頂ける道をたどって行きましたら、お互いも喜びの天地に出られますが、そうでなくて、天地を悲しませるなら、その人が、どのような人でありましても、悲しみの天地に住むよりほかありません。

 ところで、この御教えは、ずっと後になって聞いたので、その当時はまだ知りませんでした。しかし、「親の恩に報いるということはむずかしいが、せめて親に安心して頂こう、喜んで頂こう。これなら自分にできないこともあるまい、何でもそうありたい」という思いは持っていましたから、神様もそこを見て下されて、母の安心のいくようにお取り計らい下さったのだ、と分からせて頂きました。私の行き方は、ちょうど神様の良いつぼにはまっていたということができましょう。               
(この「我が信心の歩み」は、2009年11月に掲載されたものです)
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