「我が信心の歩み」 (連載第63回)


[六十三]  わがお取次の精神(2)


  私が、お取次ぎのご用をさせて頂くようになった最初の頃、一時間に何人のご祈念ができたかと言いますと、せいぜい十人でありまして、それでは、五十人のご祈念には五時間、百人のご祈念には十時間かかることになります。その頃の私は、信者さんに、これというお願いがあってもなくても、一人一人、一心にご祈念をさせて頂きましたのでなかなかご祈念がはかどりませんでした。

 ところで、私は、ご祈念ばかりしているわけにはゆきません。お話もさせてもらわねばなりません。ご祈念とお話とは、左足と右足のようなもので、左足が出たらその次は右足、右足が出たらその次は左足と、両方の調子が、ぴったりと合わないといけませんので、どんなにご祈念に能率をあげようと骨折ったかしれません。それで、しまいに、一時間に百人のご祈念がさせて頂けるところまでゆかせて頂きました。

 その時分に、こんなことがありました。ご祈念の最中に、ついうとうとと眠ったらしいのです。白神様のお扉(とびら)が鳴りました(下図参照)ので、はっと目を覚ましました。しばらくすると、また眠ったらしい。今度は、二代様のお扉が鳴りましたので、目を覚ましました。

 どうして、ご祈念の最中に眠ったかといいますと、それはご祈念がすらすらといかず、中途でゆきどまるものですから、いつの間にか眠り込んでしまったらしい。三度目は、大神様のお扉が、前のめりに大ゆれにゆれて、今にもその下敷きになって、私の息の根が止まってしまうかと思うような目にあわされましたご祈念が、ご祈念らしいご祈念にならせてもらえるまでには、なまやさしいことではありませんでした。

 ご本部のご大祭に、お参りした時のことです。その前二日が不眠不休でありましたので、往きの汽車の中で眠らせてもらうつもりでしたが、信者さんも一緒で、話がはずみ一睡もとれません。ご本部に着けば着いたで、信者さんが詰めかけてきまして、横になる暇がなく、夜中の四時を過ぎてしまいました。教祖様の奥城(おくつき)へお参りしなければならないのですが、「これからお参りして、帰って風呂に入ったりしていたら、夜が明けてしまう。三日も夜通ししたら、それこそ肝心のお祭りの最中に、笏(しゃく)を落としてしまうかもしれん」と思いましたので、奥城のお参りはご無礼して寝させて頂くことにしました。

 それで、祭典が終ってから、さっそく奥城にお参りし、ご祈念させて頂きました。ところが、どうもお聞き届け下さったという手ごたえがありません。それで、午後二時頃にまたお参りして、ご祈念させて頂きましたが、その時も、どうも聞いて頂けたように思われません。タ方になってまたお参りしましたが、ご祈念が通じたように思えません。仕方がないので、お参りの絶えた夜中の二時頃をえらんでお参りしましたが、やっぱりだめでした。そこで、私は、私一流の理屈を申し上げずにはおれません。

 「私にご無礼がありましたら、私をおしかり下さいませ。しかし、この願いは信者の願いですから、聞き届けて頂かないと困ります。信者は、何も知らないことでございます。これでは、あなたの思召しが分かりません。見当違いではございますまいか」。私は、かまわずこう申し上げました。

 すると、私の耳に、雷の鳴りひびくように聞こえましたのは、
『取次する者が、眠たい時に寝て、起きたい時に起きるようなことで、信者が助かると思っておるのか』
という、生神金光大神様のおしかりのお声でありました。私としましては、身に覚えがありますので、ご無礼・心得違いをお詑び申し上げるほかありませんでした。信者さんのお願いは、ことづてではありません。自分にどんな事情があったにしましても、肝心のつとめをおろそかにしては相済まんことだと、肝に銘じさせて頂いたことであります。

 ちょうど、教会を持たせて頂いてから、満二年たってからのことです。ご本部にお参りして、教祖様の奥城の前でご祈念させて頂いていますと、
「これからのご祈念は〃教信徒一同しかじか〃と願え。それで、神は聞き届けてやる」
という仰せであります。
「有難うございます。しかし、それでは私の気分がすみません。私としましては、一人一人、聞かせて頂いたお願いでございますから、一人一人、お聞き届け下さいますように」
「そうか。それでは今、何人ほどのお取次ぎができたか」
「はっきり分かりませんが、おおよそ、五、六百人のお届けはできました」
「時間は何時間ほどかかったか」
「五、六時間は、かかっているように存じます」
「そうすると、一時間に百人だな」
「そうなります」
「それでは、千人のお願いには十時間かかる」
「さようでこざいます」
「五千人となると五十時間かかるが、それができるか」
「それはできません」
「よって、今後のご祈念は〃教信徒一同しかじか〃と願え。それで、神は聞き届けてやるのだ」
まことに有難うございます。できるだけさせて頂きますが、できないようになりましたら、お言葉通りさせて頂きます。どうぞ、お聞き届け下さいますように」
 と申し上げて、引き下がりましたが、事実、二十年間は、このご祈念の初一念を、一日のごとく立て通させて頂きました。

 私のお広前でのご用は、何も昼夜兼行というほどでもありませんが、ひとの目からは、そのように見えるのか、私の身体を心配して「あんたのつとめぶりは、太くで短いやり方である。

ものは細く長くが何よりだから、もっと身体を楽にもってはどうか」と、言ってくれた人もありましたが、私には、それほど苦に思われないので、つとまるのです。

 私は、先にお話ししたように、まだ商売していました頃、約六年間神様の仰せにしたがって勉強に骨折り、普通なら、ただ頭でだけ知っていて身体の知らないことを、実地に身体に教え込み覚え込ませました。身体が勉強勉強でたたき込まれていますので、むしろ、身体の方から、じっとしておれないのです。それが、お取次ぎをさせて頂くようになっても、その習性が、お取次ぎの働きの上に現れてきたのであリます。有難いことであります。
          
(この「我が信心の歩み」は、2010年10月に掲載されたものです)
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