「我が信心の歩み」 (連載第69回)


[六十九]  人と場合に応じて(4)


  (13)   飯より好きな米相場を

 今から二十五年ほど前(大正二、三年頃)のことであります。顔に見覚えのない人が、四日前から参って来ます。
「あんたは何をしてお暮らしです?」
「職業は何にもありませんが、毎日、堂島(米相場)に行っております。市外に三町ばかり土地がありまして、それを人に貸して地代で食べさせてもらっています」
「ああそうですか。で、その土地というのは、あんたの代に、あんたの力で買ったものですか」
「いいえ、親譲りのものです」
「親のものですか。それならそれで、相場のようなものに手を出さないで、親の遺産を守っていったらどうです。親の残した財産を傷つけるようなことになると、相済まんから…」
「そう言われますと、今日までに、もう十町歩ばかり、相場で損をしました」
「ほう、それはいけませんなあ。いかに親がこの世にいないからといって、そんなことは許されないことです」
「でも先生、私は相場が好きなんです。十八の年から今日ま二十七、八年、ずっと相場をつづけてきました。相場が飯より好きだからです」
 まかり間違えば、親の遺産を使い果たすようなことになる相場の不心得を、話して聞かせても、「私は、相場が生きがいです」と言って、私の忠告などはねつけて聞こうとしません。
 この調子ですと、私が言えば言うほど、相手の反発そそるばかりですから、気長にお道の基本的なお話をして、本人自身から、目を覚ますように持っていくことにしました。それから三カ月ばかりして、
「あんたの親は、あんたと同じように、生前、相場が好きでしたか」
「いいえ、大きらいでした」
「そうすると、親の遺産を元手に、親の大きらいな相場をするということは、けしからんことではないですか。もし、相場で親の全財産をなくすようなことになったら、あんたは、親に何と申し訳しますか」
 私は、この人に、何度も反省をうながしてみました。
「飯より好きだというくらいに、あんたが相場が好きなら、あえてやめよとは言わない。するならするでよろしい。しかし、それには条件がある。親の遣産には手をつけないで、自分がもうけたお金でしなさい。それなら、いくらしても差し支えない」
 私は折れて出るように見せて、このように言いました。
「でも、私にはそんなお金が…」
ないんですか。ないんだったら、あんたには、相場をする資格がないことになる。だが、好きだというのなら、その方法を教えてあげる。仏壇の前へ行って、親の位牌(いはい)に向かって、〃あなたの財産のうちから、二百円拝借します〃と断っておいて、そのお金を、相場の元に当てるとよろしい」
「先生、二百円ばかりのお金で…」
「できないと言うのか。それでは、十八の年から二十何年も、相場をやってきたという玄人(くろうと)に似合わないことだ。やれないとなったら、たとえ百万円のお金を持ってかかっても、やれない。二百円で結構だ」
私がこう言いますと、その人は承知してくれましたので、さらに「資金は、親の遺産から借り受けた二百円に限りますよ」
と、くれぐれも念を押しておきました。
すると、ほどなく、行きづまりがきまして、私に相談を持ちかけてきました。
「よう、それは結構。あんたは、相場が飯より好きじゃないか。相場で食べられないようになったら、本望だろう?」
「先生、そんな殺生なことを……」
「それでも今日まで、よく二号さんが養えたなあ」
「ええ、それはどうにかこうにか。が、どうにもなりませんので、一つ、二号の指輪を元手にして…」
「それはだめだ。指輪を売ったり、物を質に入れたりすることは、絶対にいけない」
「こんな話が出るぐらいに、行きづまってきますと、ほどなく、その人から逃げ出したのは、本妻さんでなくて二号さんでした。だんだんと教えもさせてもらい、本人も分かり始めたように見えましたので、私はこう言いました。
「では、今日からは、あんたのために、相場のご都合をお願いしてあげよ」
と、こう言いますと、この人は、どんなに喜んだかしれません。
「先生、どうぞよろしくお願いいたします」
「よろしい」
私が、このように言いましたのは、これからぼつぼつ、改まりの信心を話してゆこうと思ったからです。
「先生、今日は損をしました」
「昨日の午前何時何十分頃を思い出してみなさい。そんな心得違いをするから………」
「なるほど、ご無礼がありました。相済まんことです」
これで、ご無礼ということが一つ分かりました。
「先生、今日はもうけさせてもらいました」
「そうか。昨日の午後何時何分頃……良いことをしたので、神様がおかげを下さったのだ」
「なるほど」
それで二つ分からせてもらいました。
「先生、今日はさっぱりです」
「今朝、家で何かしたのと違うか」
「そう言われますと、家内とけんかをして…」
「それで罰金」
「ああそうですか」
これで三つ分からせて頂きました。
こんなふうにして、だんだん導かせてもらっておりますと、いよいよ、どうにもならない最悪の場合に、直面することになりました。
「先生、お金を十銭貸して下さい」
「電車賃に」
電車賃にまで困っているのです。
「電車賃ならよう貸さん」
「土砂降りの雨で、道も悪く、夜もおそうございますので」
「雨がひどく降っていようが、道が悪かろうが、夜が更けていようが、貸せない」
「どうしてですか」
「あんたに足がないのなら貸すけれど、足がちゃんとそろっている。歩いて帰りなさい」
私がそう言い切りましたので、座をけるようにして、腹を立てて帰りましたが、私が、たった十銭の電車賃をあげなかったのは、「どうぞこれを機会に、本人が気づかせて頂きますように」というお願いからでありまして、私は、本人が帰りましてから、ずっとご祈念を続けさせて頂きました。
 あとから聞いたのですが、家に帰ってからも「この大降りの雨の夜に、たった十銭の金を貸してくれないとは、どこまで人をばかにしているのか。これが教会の先生でなかったら、横っ面の二つ、三つはお見舞い申さないと、どうしても腹の虫がおさまらないところだ」と言って、家内をつかまえて怒っていたそうです。
 だんだん腹の虫がおさまって、気が落ち着いてきますと、ふと気づかせてもらったのは、「たった十銭のお金でさえ、これだけ腹を立てないではおれないとすると、十銭でも何と尊いお金、有難いお金ではないか」ということでした。そして、それからそれへと、親の恩の有難たいことが、分かってきたそうです。
「ああ、そうだ。びろうな話であるが、お便所で使うあのちり紙、あんなもの今日まで、何とも思わないで使ってきたが、親の遺産があるおかげで、使わしてもらっていたとすると、いまだに親の手で、自分のお尻をふいてもらっているのと違うか。俥に乗ることができるのも、親に乗せて頂くのであり、下駄を履くことができるのも、親のおかげで履けるので、何から何まで、親があっての有難さである。そうと分かったら、それほどまでに、尊い有難い親が残してくれた財産を、親の大きらいであった相場に使って、こんな相済まないことはない。何という心得違いであったことか。申し訳ない次第である」。このように分かってきますと、じっとしておれません。翌日に参って来まして、「先生、もう相場をやめます」
というあいさつです。私は「しめた。私がねらっていた、来るべきところへ来てくれたなあ。有難いことだ」と思いましたが、そうとは言いません。
「やめなくてよろしいやりなさい」
「いいえ、絶対やめます」
「いや、もう半年やりなさい」
「どうして?」
「今までのところは、もうけんがための相場だったが、これからは信心を練るための相場だ。もう半年………」
「先生、それならもう結構でございます」
 信心を始めてから、約一カ年半ばかりかかりましたが、これで、ぷっつり相場断念のおかげを蒙らせて頂くことができました。


(この「我が信心の歩み」は、2011年4月に掲載されたものです)
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