「我が信心の歩み」 (連載第71回)


[七十一]  無限供給のおかげ(2)


 ずっと以前のことですが、教内でお金がいることがありまして、大阪教会に、教師ばかりが 六、七十名ほど集まったことがありました。めいめいおかげを蒙っているだけ、お金を出し合 おうということになりまして、その金額を紙に書いて出すことになりました。

 その紙を、私が集めに回ってみますと、三軒家教会の先生(故藤谷礼重郎師)が、ほかの教 会の先生方と比べると、二十倍ほども大きな金額を書いていましたから、後で、「あんなに大 きな金額を書いて、それだけのお金が手元にあるのか」と尋ねますと、「いいえ、これからお かげを蒙るのです」とのことでしたが、これが私の行き方です。必要があれば、その分だけ、 神様からおかげを蒙っていくのです。神様は、尽きるということのない宝の蔵です。私は、こ ういう神様をご主人に持っている奉公人です。このご奉公に誤りがないかぎりは、どうして無 限供給のおかげを蒙れないはずがありましょう。

 ある方面から、「玉水の先生は〃お金を出させると喜んでいる〃と言われておりますよ」 と、親切に注意されたことがありますが、何にしましても、そのように言われるということ は有難いことです。実際、私はおかげ蒙って出させていただくのですから、どのような場合で も、喜んで出させて頂いております。ですから、お金を出すということについては、何の不満 もないし、何の不安もありません。どんなに私が出したにしましても、それは私が出すのとは 違います。私自身には、そんな力や甲斐性はありません。ことごとく、「どうぞあとあと差し 支えのございませんように」と、神様にお願いして出させて頂いていますから、一向に差し支 えありません。それは、神様が出されるのですから、私は、少しも心配しないでよいのです。

 こう言いますと、これは、取次者のみに限られた話のように聞こえるかもしれませんが、何 も取次者だけのことではありません。誰でも、このようなおかげの蒙れる神様に信心させて頂 いているのですから、私と同様のおかげを蒙ることができるはずであります。

 正直なところ、私が何かことをしようとする時には、いつも、私の手元にはお金がありませ ん。では、そんな時には、不自由することだろうと思われましょうが、それでいて、お金に不 自由するかといいますと、一向にお金の工面で苦しむようなことはありません。何と言いまし ても、ご主人が神様ですから。ぞんざいな言い方をしますが、「親方の身代は太い」。要る時 には、要るだけ出して頂けますから、別に不自由したことはありません。

 その一例をあげて、お話ししてみましょう。たしか大正四年であったと思います。住宅が高 い値で売れる時節で、家主から、家あけを言い渡されました。金光様にお願い申して、土佐堀 裏町の、船町橋の橋詰めに、ころ合いの家が見つかりました。

「家賃はいくら?」
「百三十円で、敷金は五百円です」
「ああ、よろしい」
「それから、家を改造しなければなりませんので、その普請代に、ざっと二千五百円いりま す」
「ああ、よろしい」

 何を言われましても、「ああ、よろしい」の一点ばりですから、頼りなく思ったのか、 「先生、何でも〃よろしい〃〃よろしい〃と言われますが、敷金の五百円が…」
と言って、家の者が私をあやぶんでおります。

「なくても心配はない。神様には〃かくかくの次第で、三千円ばかりのお金がいりますから〃 と、お願いの伝票を切って出してあるから、神様が何とかして下さる」
 と言って、私は、おっとりと構えていました。

 家の改造のことに関しては、家主の承諾を得るために、二十日ばかりの日数を要しました が、よいよ、敷金を納めなければならないことになりまして、必要なお金を銀行へ引き出し にやりました。その前日、あるだけのお金を全部、銀行へ持って行き、それで通帳の残高がい くらになったか、調べもしなかったのですが、それでちょうど五百円になっており、敷金を納 めることができました。その上、家の改造は、教会向きに造作するのですから、費用がかさ み、ざっと二千円ばかりかかりましたが、そのお金も、三カ月の普請中に、次から次へと、滞 りなく支払いができるおかげを蒙りました。

 ところで、これよりさきに、教会新築のことにつきまして、信徒総代の間で相談をまとめ、 金光様にお取次ぎを願ってから、その計画を、私に伝えて来たというようなことがありまし た。その時私は、同意しませんでした。それはなぜかと言いますと、その計画によりますと、 一口がOO円、十口ならばOOO円といった具合いに、これからお金を集めようということ で、それなら入り用の金額はたちどころに調達できるでしょう。またそうしたとしても、誰も 文句は言わないでしょうが、それでは、人頼みすることで、神様からおかげを受けたのとは違 います。それで、私は断りました。「それでも、あなた方が、ぜひとも建築したいというの なら、建築してもよろしい。そのかわり、屋根の上に〃これは神様のおかげでできたのではな い。頼母子講でできた〃という看板をかかげてもらいたい。それなら、私も承知します」
総代たちに言っておきました。ーーそれで、この計画は立ち消えになってしまいました。

 ご本部に控所(玉水教会旧控所)を建てたのも、これまでと同じやり方です。全教的にも参 拝する人が、だんだん多くなってきまして、大祭の時などは旅館も一杯になり、これでは野宿 しなければならないと言いますので、明治四十五年の春に、宿泊所を建てることになりました が、大工さんにその工費を見積もらせますと、五、六千円はかかるということです。

「先生、お金、信者から集めましょうか」
「とんでもない。どうしてそんなことを言うのか。言ってはいけないことは、思ってもいけな いのだ。そんなことが、どうしてできる」
「………」
「お金の心配は、あなた方がしなくてもよろしい。信者さんに迷惑をかけてはならない。 月のうちに、たった一晩か二晩泊まるだけのことだから、体裁は必要ない。千人の人が、二階 を歩いても大丈夫なように、堅固第一に建ててもらいたい」

 四カ月ほどの間に竣工しましたが、その間に、工費一切のお金も、難なくおかげを蒙りまし た。

 私は、初め、神様に「宿泊所を建てさせて頂きます。お金が約六千円必要です。どうぞお願 い申し上げます」と願っておきました。お願いしないでいては、私自身にはそんな力がなく、 どうすることもできないからです。奉公人という立場から言いましても、ご主人に、いちいち 請求の伝票を出すのが、当然だからです。私は、何事によらずこの行き方で、ずっとおかげを 蒙っていくのです。それで、私は今日まで、お金の必要な時に、お金がなくて困ったというよ うなことはありません。その場になくても、「神様、こうこうさせて頂きますから……」とお 願いしておきますと、必要な時には、ちゃんとおかげを蒙ってゆきます。

 時折、お願いもしないのに、たくさんお金のあることがないでもありませんが、そんな時は 私が前もって知らないことで、ぽかっとお金の要るような場合であります。

 いずれにしても、出るだけは入ってきまして、無限に供給して下さいますから、その点、私 自身で、とやかく心配することはありません。もしも、これが反対で、入るだけ出るのでした ら、どうでありましょう。お金を使うのに、よほど用心しなければならないし、むだ遺いのな いように気をつけて、わずかなお金でも、神様の思召しにそむかないように、うかうか使わな いように、心を配らなければなりませんが、私の場合は、出るだけ入ってくるのですから、ど んなに使っても使い切れず、要れば要るだけ、要るにまかせて、いくらでも使わせて頂けると いう、そのようなおかげを蒙ることができてまいりました。



(この「我が信心の歩み」は、2011年6月に掲載されたものです)
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