「我が信心の歩み」 (連載第95回)


[九十五] どんなに悪い運命でも(1)


 ここで、私の一身上について、振り返ってお話ししてみましょう。

 私は、七才の時、父に死別し、十三才の時から、もうお金のために苦しんでいました。これは、さきにもお話ししましたが、十七才の時には、お金のために苦しんだあげく、思いつめていっそのこと自殺しようと覚悟を決めたくらいです。二十一才の時から信心をさせて頂くようになりましたが、奉公をしてからも、やはり、主人にお金がなくて、お金のことで苦しみました。こういう次第で、十三から三十六まで、お金のために苦しみどおしでした。

 そして、二十六才で家庭を持ってから、子供を五人も亡くしています。それでも、神様は「まだ、足りない」と仰せられる。おそるおそる「まだ、二人残っていますが、この二人も、お取り上げになるのでございますか」とお伺いしますと、「二人は残しておいてやる。それを取ったら、血統が絶えるから」とおっしゃいました。

「それは有難う存じます。おいてさえ頂けば、結構でございます」と、お礼を申し上げました。けれども、その時に、「しかし、まだ足りないということだけは承知しておけよ」とのご警告でありました。

 その次の私の不幸は、教会を持たせて頂いてから、教え子である修行生を何人も亡くしたことであります。前後、勘定してみますと、なんと十七人にもなります。何年も修行をつんで、将来、一働きもしてくれると楽しみにしていたのに、神様は「ご苦労さま」とも仰せられないで、むなしくお取り上げになる。私としては、身を切られるようなつらさでした。ようやく一人前になって、これで親たちにも喜んでもらえるというところで取り上げられるのですから、わが子を死なす以上に切ないものがありました。

 神様の方では、死ぬような者を一通り修行をさせて、徳を積ませた上でお引き取りになるのですから、おかげに違いないのですが、親たちはそうは思ってくれません。だから、私は心苦しくてなりません。私としましては、そういう運命をもった者を世話させてもらい、当人の家もおかげを頂いてもらい、私もおかげを頂かせてもらうことになるのですが、これは、先方には通じないことが多いのです。

 私は「その方の子孫二十代、苦難が続くのであるから、こうしてやらなければ、その方の身が浮かばれないのだ。もうしばらく辛抱せよ」と言われる神様のお言葉を忘れはしません。このように苦労をしなければならないのも、測り知れない神様の思召しによるものだと思い、ややもすると頭をもたげてくる不足や愚痴を抑えて、お詑びとお礼を申し上げてきました。

 ところで、私たち夫婦にしても、どちらも今日までに三度ずつ死ぬような目にあっております。そのたびに寿命をついで頂きました。私たちはお金のために苦しみ、そうでなかったら生命にかかわる病気で、いつも難儀の続き通しでした。それで私は子孫二十代続くめぐりの恐ろしさを身にしみて分からせて頂くにつれて、何事によらず罪になるようなこと、めぐりになるようなことは、私がどんな境遇におかれても、決して犯してはならないという覚悟を持つようになりました。

 そこで、今日の私の実感を言いますと、そのような思いで、足りないながらも一心に信心をさせて頂き、改めなければならないところを改めさせて頂くことに骨折ってきましたが、そのおかげによって、私が負っていためぐりの何割かは、消して頂けたように思われます。また、その何割かのめぐりが消えただけ、それだけの徳が、そこに生じてきたように思わせて頂いています。

 めぐりが消して頂けたということだけでも、まことに有難いことでありますのに、その上に、それだけの徳が生じたということは、何という有難いことでありましょう。仮に、めぐりを債務(借り)にたとえましたら、徳はそれと正反対のものですから、債権(貯蓄)といってよかろうと思います。「天地への借金」が、「天地への貯金」となるとは、何というおかげでありましよう。 私にとりまして、これほどの鷲きはありません。
私の背負っているめぐりは、すべて消して頂くおかげを受けなければならないと覚悟をきめて、一心に信心に骨折らせて頂いていますが、神様の方では、あるいは私の二代目の信心に油断がないようにという思召しから、多少はめぐりをお残しになるかもしれません。もうそれは、私がどうともできないところであります。

 私は、今日までの三十何年間あゆんできた信心のあとを振り返ってみて、まったくびっくりしております。私の信心といいますと、その最初の間は、目先のおかげを追うばかりのなんにも分からない信心でしたが、ついには、いつまでも尽きないおかげを蒙むるようなところまで進ませて頂き、知らず知らずの間にめぐりが消えて、私がソロバンに入れていなかった徳が授けられてきたのであります。

 御教えにも『さきの世までも持ってゆかれ、子孫までも残るものは神徳じゃ。神徳は信心すれば、だれでも受けることができる。みてるということがない』とありますが、信心というものは、大した働きをするものではありませんか。これは、私ひとりだけに限ったことではありません。信心させて頂きさえすれば、誰もが蒙むることのできるおかげであります。

 みなさんも信心に骨折ってさえおられたら、五年か十年後には、必ず私と同じようなおかげの喜びを味わわせて頂けます。受けさせて頂いた神徳は、さきの世まで持ってゆかれるだけでなく、子孫にまで残すことができるのです。まことに有難いことであり尊いことであります。

 その生きた証拠は御広前金光様(三代金光様)に現れておりまして、教祖様のご神徳が、そのままに二代金光様、三代金光様へと、ずっと伝わっています。まさに天下一品です。ここのところが金光教の独特なところであって、それというのも、天地の親神様の思召しによって開かれたお道なればこそです。

 三代金光様は、お父さまの二代金光様がおかくれになりまして、そのあとをお受けになり、十四才からお結界にお座りになったのですが、普通、十四才と言えば、腕白ざかりの年頃であるのに、誰がどのような問題をお伺いしましても、すらすら、はきはきとお答えになられました。それは、教祖様のお徳がそのままに現れていたからであります。
 この徳を受け継ぐということについて、ある先生が、私のためにご心配して下さったことがありました。
「君一代はよいが、二代目が心配だ。御教え通りに、代まさりのおかげが受けられるだろうか」
「その心配ならご無用です。心配して下さるのは有難いが、それは取り越し苦労です。もう、生きている間から渡してあります」
「渡してあるって、何を渡してあるのだ」
「私の信心によって受けた徳を、生きている間から渡してあります」
「そんなことができるかしらん」
「できるかしらんというが、私は、ちゃんと渡してあるつもりです」
「これが財産なら、生きている間に渡すこともできるが、徳が、そんな具合いにゆけるだろうか。」
「ゆけなくてどうします。ゆけないようなら、金光教がうそになります」

 その時、私はこんな問答を取りかわして、徳というものは譲り渡すことができるものであること、受け継ぐことができるものであることを、強く主張して譲りませんでした。それにはわけがあって、さきにお話ししたことですが、私が教会を持たせて頂いてから三年目に、どうしてもご本部の講習を受けに行かなければならないことになり、その時、家内と伜と書生とに、私の留守をあずからせました。その間、何の差し支えもなくおかげを蒙らせて頂きましたことは、疑うことのできない事実であって、そのことが実際に証拠だてられているからです。

(この「我が信心の歩み」は、2013年6月に掲載されたものです)
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