かんべむさしのこぼれ話
TOP>かんべむさしのこぼれ話   アーカイブ  

 かんべむさし

  1948年1月16日生れ 兵庫県出身の小説家、SF作家、エッセイスト。
  (かんべむさしWikipediaより)  金光教玉水教会信徒

 

連載第27回

昔は銅も大阪に集められていた


 「私はメグリのお取り払いであると思うとりますが、毎月百円なり二百円なり足りないつづきでは、とてもやりきれませんから、もう今の商売をやめて、もと銅吹屋(どうふきや)をしてましたから、銅吹屋へでも奉公したらどうかと思います。そしたら七十円くらいはくれますさかい、それはどうです?」と相談をかけられました。――(『信話』第十六集125頁)




銅吹(どうふき)というのは銅の精錬のことで、鉱山で採掘された荒銅(あらどう)(粗銅)から不純物を除き、純度の高い銅(精銅)を作る技術です。大阪では、泉屋という銅吹屋が元和9(1623)年に精錬所を設けましたが、これは徳川家光が将軍になった年です。
 場所は最初が淡路町で、後に移転して現在の中央区島之内一丁目。三井住友銀行の事務センターがある区画で、そこには住友銅吹所跡という小公園が設けられています。ご承知の方も多いでしょうが、後年の住友財閥は、この泉屋の銅吹所から始まったのです。住友関係の子会社や施設に、「泉」の入った名が付いている例が多いのも、そのためです。

 その後、幕府の管理の下、足尾や別子など各地の銅山で採掘された荒銅は、江戸時代を通して大阪に集められ、精錬されていました。そのため長堀川や道頓堀川の近くには、平野屋や大坂屋など他の銅吹屋、仲買商、銅細工の職人なども集まっていたそうです。
 住友の銅吹所は明治初期に廃止されたとのことですが、このお話に出てくる信者さんは「銅吹屋へでも奉公したらどうかと思います」と言っていますから、大阪市内なのかどうかはわかりませんが、その後も精錬をつづけているところがあったのでしょう。





 
yajirusi TOP
 
  Copyright(C) Konko Church of Tamamizu All Rights Reserved.