かんべむさしのこぼれ話
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 かんべむさし

  1948年1月16日生れ 兵庫県出身の小説家、SF作家、エッセイスト。
  (かんべむさしWikipediaより)  金光教玉水教会信徒

 

連載第31回

厚司という着物


丁稚(でっち)は、厚司(あつし)を着とればエエんや。丁稚が旦那(だんな)のような風をすると、旦那のような気分になる。それが、あぶない。それがおかげの止まる因になる。――(『信話』第二集』186頁)




 厚司とは、どんな衣服なのか。ある年齢以上の方には、「昔のテレビ番組『番頭はんと丁稚どん』、あのコメディのなかで、丁稚役の大村昆さんや芦屋小雁さんが着てた」と言えば、すぐわかっていただけるでしょう。しかし若い方には、どう説明すればいいのか。そこで思い出してほしいのは、昔のアイヌの人たちの民族衣装です。
 厚司の語源はアイヌ語の「アッツシ」で、『辞林』にも「アイヌ語で植物オヒョウの意」とあり、「オヒョウ、シナノキなどの内皮の繊維で織った厚地の平織物。染めずに自然の色合いのまま、アイヌ人が衣料とした」次に、「大阪地方で産出する厚地の綿織物。また、それで作った衣服。多く、紺無地か大名縞(だいみょうじま)で前掛けや労働着として用いる」。
 ちなみに、最初に書いた『番頭はんと丁稚どん』は、大阪の、ある和漢薬の会社が提供していたのですが、作者だった花登筐(はなとこばこ)氏の『私の裏切り裏切られ史』(朝日新聞社)という本によると、そのスポンサーの専務は、昭和30年代なかばという当時も、着物に前掛けという姿で仕事をしていたそうです。また、故・六代目笑福亭松鶴(しょかく)師が、心斎橋の葉茶屋(はちゃや)さんに丁稚奉公しておられた昭和の一桁(ひとけた)時代、お仕着せはやはり厚司だったとのこと。
 まして明治や大正となると、大阪中、着物だらけ厚司だらけだったのでしょう。




 
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