かんべむさしのこぼれ話
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 かんべむさし

  1948年1月16日生れ 兵庫県出身の小説家、SF作家、エッセイスト。
  (かんべむさしWikipediaより)  金光教玉水教会信徒

 

連載第5回

大蛇の話と獅子の話


――私は、子供の時、恩ということについて、一生忘れることのできん二つの話を聞かされた。それは、十歳の頃、尋常小学の三年生の修身の時間だったと思う。――
                    (『信話 第三集』20頁)




 この導入のあとで安太郎先生が紹介しておられるのは、動物でも「恩」ということを知っているという話で、そのひとつめは、犬が飼い主を助けるエピソードです。

 猟師が山奥に分け入ったが、獲物がないので一服しようと、大木の根元に座って居眠りを始めた。すると連れてきていた猟犬がやかましく吠え立て、何度叱っても静かにせず、居眠りの邪魔をする。そこで猟師が腹立ちの余り山刀で犬の首を切った瞬間、切られた首が宙に舞い上がった。驚いて見上げると、大木の上から大蛇が猟師を呑もうと頭を伸ばしており、犬の首はその喉笛に噛みついて息絶えた。

 居眠りの邪魔をしたのではなく、主人に危険を知らせ、我が身を犠牲にしてまでも、その身を守ろうとしていたのだ……。

 概略こんな内容ですが、この話の原典は『今昔物語集』です。

 今昔物語集は、平安時代末期に成立した説話集で、天竺(インド)部、震旦(中国)部、本朝(日本)部から成っており、その本朝部に、陸奥(みちのく)の国の猟師と犬の物語として収録されています。

 ただし原典では、猟師は内部が空洞になっている大木のなかで眠ろうとしたのだが、犬が吠えつづけるので、刀で切ってやろうと一度木の洞から外へ出た。途端に犬はその空洞の上の方へと踊り上がり、何かに喰いついた。それで、大蛇が自分を狙っていることがわかったわけで、腹立ちまぎれに犬を殺しておれば自分も呑まれるところだった。

 物事はよく考えてから実行しなければならないことよなあ……と、こういう話になっています。

 ということは、修身の教科書を執筆した人が、「恩を返す」という行為を強調するため、「犬の首を切ったけど、切られた首が舞い上がって主人を助けた」話に作り替えたのでしょうか。それとも、今昔物語集に収録されているこれとは別に、「切られた首が舞い上がった」話も他の地方に伝わっていて、教科書はそちらを原典にしたのでしょうか。

 何にせよ、非常に古くからある話だということは確かです。

 そしてふたつめは、獅子(ライオン)が恩返しをする話です。

 傷を負って洞窟のなかでうなっている獅子を見つけた男が、毎日通って、その手当てをしてやった。年月が過ぎてのち、彼は罪人となって死刑を宣告され、獅子に喰われて死ぬよう檻の中に入れられた。ところが獅子は彼に飛びかかるどころか、なついて寄り添い、自分に与えられた食べ物を男にまわしたりしている。実はそいつは、以前傷を治してやった獅子だったからで、それで彼は死刑を許され放免してもらえたのだった……。

 あらましこんな内容ですが、ひとつめが今昔物語集の本朝部にあった話なので、私はこちらも同じ今昔物語集の、天竺部からの引用かしらと思いました。しかし調べてみると、イソップ寓話のなかに「ライオンと羊飼い」の話として、ほぼ同じストーリーがあるのでした。

 羊飼いにトゲを抜いてもらったライオンが、後日、無実の罪で死刑を宣告されて自分の前に立たされた彼に寄り添い、結局、放免に至らせるという話です。

 ちなみに、修身の教科書はそれを元にしていたのだろうと思いますが、アンドロクレスという古代ローマの逃亡奴隷とか、四世紀に砂漠で苦行しながら聖書をラテン語に訳した聖人ヒエロニムスとか、人物は違っても、ライオンのトゲを抜いてやって後日恩返しをしてもらったり、一緒に旅をしたりするようになる話は、他にもあるのだそうです。

 ひょっとしてそれらも、実はイソップが元なのかもしれませんが。

 
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