かんべむさしのこぼれ話
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 かんべむさし

  1948年1月16日生れ 兵庫県出身の小説家、SF作家、エッセイスト。
  (かんべむさしWikipediaより)  金光教玉水教会信徒

 

連載第9回

大阪の言葉遊び


――子供でも、甘い母親に育てられるか、年寄りに育てられてごらん、ろくな者にしかなれへん。「先生、子供が気ままで、ちょっとも言うこと聞きません」「はあん。せんち虫(便所の虫)やな。ババ育ち(婆育ち)か。いまさらしようがない。神さまにおわびしてお願いして、おかげ頂いていくより仕方がない」といわねばなりません。――                (『信話 第六集』139頁)




大阪は昔から商売の町で、そのため「言葉」と「笑い」に独特の文化ができました。というのが、商売は売り手と買い手の交渉で値段や支払い条件を決めていくもので、一方的に押しつけたり、喧嘩腰(けんかごし)で応対するものではありません。そこで、軟らかい物の言い方、間接的な表現、妥協の余地を残した伝え方などによって、その場の雰囲気を友好的にしていったわけで、笑いの要素を含んだ言葉遊びも、その有効な手段のひとつだったのです。

 そして、その特性や傾向は商売人ばかりではなく町の人々全体に広がり、現在でも色濃く残っています。引用した文中の「せんち虫」の部分なども、便所の虫(ウジ虫)は糞尿のなかで育つところから作られたもので、大阪の人間なら昔も今も、「きたないたとえやなあっ!」とあきれつつ、大笑いすることでしょう。

安太郎先生は他にも、「長持の蓋(ふた)やないが、こっちがあいても、むこうがあかん」とか、「えらそうに竹屋の火事みたいにポンポン言うて」とか、お話の随所で言葉遊びを使っておられます。教話のなかに、ごく自然にそんな例の入るところからも、商売人時代の先生が、日々それらが飛び交う環境のなかで働いておられたことが想像できます。

ちなみに、言葉遊び式の表現には、次のようなものもあったそうです。

良かれと思ってしたことを否定されたり、叱責されたりしたときには、向きになって反論せず、自分のことを第三者的にとらえて、
「まるで傘屋の丁稚や。骨折って、叱られてるがな」
客が商品を見るだけで帰ってしまったら、
「夏の蛤(はまぐり)や。身腐って、貝腐らん」
もちろん、「見くさって買いくさらん」はきつい言い方ですから、客の前で言えたことではなかったでしょうが、商売人が不快感を笑いで散らす効果はあったのでしょう。

 
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