かんべむさしのこぼれ話
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 かんべむさし

  1948年1月16日生れ 兵庫県出身の小説家、SF作家、エッセイスト。
  (かんべむさしWikipediaより)  金光教玉水教会信徒

 

連載第10回

頼母子・無尽・相互銀行


――私の商売はもともとモンなし(無資本)で始めた商売である。最初の間はフトコロにユトリ(余裕)がないから、現金売りで押し通した。しかし、段々トクイ(お客)ができてくると、商売を一そう手びろうやって、一つ売り上げをグンとふやしてやろうという気になり、ボツボツ貸し売りするようになりました。
……半期ほどの間に、ざっと千軒ばかりのお客ができた。……得意になり、ドンドン商売の手を広げましたが、物ごとは思うようにゆかんものです。……カケ(掛け)はこげつく、問屋の払いはたまる、……どう舞いようもないようになってきた。
 払いができるようにというので、神さまに、一生けんめいお願いするのにヌカリはなかった。 でもなんぼう願うたからというて、まちがいが、私にあるのだから、そのまちがいを改めなくちゃ、おかげが蒙(こうむ)れよう筈はない。しかし私は、まだ、そこに気が付かなんだ。
 私はどないぞして、この難場を切りぬけんならんと思うて、ちまなこになりました。でその時、私が、この難場を切りぬけるのに、私を助けてくれるものは、これより外にないと思うて、手を出したのは、何だったかと言いますと、それはタノモシ(頼母子)だった。。――                (『信話 第一集』81頁)




 頼母子は、頼母子講または無尽ともいう、民間の助け合いシステムです。たとえば10人が月に1万円ずつ掛け金を出し合えば、毎月10万円というまとまった金ができるので、それを抽選あるいは相談によって、順に1人ずつに落とす(渡していく)方式です。

 落とした者は、それを生活費や商売の支払いなどに使って当座をしのぐわけですが、そのかわり、その先は10人全員に順番がまわり終わるまで、毎月支払うのみで再度落とすことはできません。それがこの引用部分の後に出てくる、「頼母子は、おとすというと、その次にはカラガケ(空掛け)という重荷がついてまわる」ということの意味です。

 鎌倉時代に始まり、江戸時代に盛んになった方式だそうですが、明治以降は営業目的でこれを組織化する会社もできました。安太郎先生は「頼母子屋」という言葉を使ってこの話を進めておられますから、そういう無尽会社に申し込んでおられたのでしょう。

 いまで言う詐欺商法的な悪徳会社も増えたので、大正の初めに規制の法律ができ、無尽会社は免許制になったとのこと。その機能上、金融機関の一種になりますから、戦後、相互銀行法という法律ができて、無尽会社は相互銀行になりました。

 現在、普通銀行は営業規模や沿革によって、都市銀行・地方銀行・第二地銀と分類されていますが、最後の第二地銀は、その相互銀行や信用金庫が普通銀行に転換した会社です。

 たとえば大阪の大正銀行は、以前は大正相互銀行でしたが、さらにそれ以前は関西住宅無尽という株式会社だったそうです。

 
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