かんべむさしのこぼれ話
TOP > アーカイブ > かんべむさしのこぼれ話

 かんべむさし

  1948年1月16日生れ 兵庫県出身の小説家、SF作家、エッセイスト。
  (かんべむさしWikipediaより)  金光教玉水教会信徒

 

連載第16回

 旭堂南陵(きよくどうなんりよう)師の感心


――余談ながら、当時大阪を代表する講談の二代目旭堂南陵師(一八七七~一九六五)もよく玉水教会に参拝して熱心に初代教会長湯川安太郎その人の信話に耳を傾けておったようで、特に信話の中の対話――先生と信奉者の間の話のやりとりに感心しておったそうです。――        (『信話 第二集』冒頭、再版のことば)




 この冒頭の言葉は三代教会長、湯川泰雄先生のものですが、このあと、「そういうことを聞いて、私も改めて対話の部分を読み直し、南陵師が何に感心したのかは分かりませんでしたが、ユーモアとも思われる教導の陰にある、強い信念と祈りに、改めて心打たれるのであります」と、つづきます。

 そこで僭越ながら、長年の演芸ファンとして勘が働いたことを書かせていただきますと、南陵師、対話の内容やそれによる教えに心を惹きつけられていたのはもちろんでしょうが、感心ということでいうなら、「間」の良さについてではなかったかと思います。

 御承知のように、落語は登場人物の会話を基本にして話が進み、そこに適宜、文章でいえば「地の文」、ドラマでいうと「ナレーション」的な説明が入ります。対して講談は、説明がメインになり、そのなかに随時、会話がはさまって進行していきます。

 講談好きの安太郎先生、沢山聞かれて、その「説明プラス会話」で進んでいく流れやリズム、「間」の置き方などが、自然に身についておられたのではないでしょうか。


 実は私が読んだ瞬間そう思ったのは、同じ第二集154ページの次の部分からです。

――私、さきごろ(大正末期のこと)堺に用事があって、帰りに南海(南海電車の略)の難波で、雨が降りだして困っておりましたら、そこへ堀江から参って来る信者が通り合わせた。「先生、どちらへ」「いいや。今、かえりや。雨に合うて、困ってるところや」――

 説明があって、会話に入る。頭のなかで大阪弁のイントネーションやアクセントで読んでいったところ、この、「信者が通り合わせた」から「先生、どちらへ」の入り方が実にきれいで、そのあいだに置かれたに違いない微妙な「間」がわかって、「これは間違いなく、講談の間だ」と感じたのです。だから南陵師も、お話に自分の職業世界のリズムや間が出てくるので、「おっ!」とか「あれっ?」とか、驚かれたのではないでしょうか。

 また、たとえばアマチュアの人が落語や講談を覚えて披露するとき、説明部分はできても、会話部分はなかなかスムースにはできないものです。前者は「語る」ですが、後者は「演じる」になるわけで、複数の登場人物になりきって会話を進めていくことが、最初は照れ臭く恥ずかしく、大抵、眼がおどおどして、視線が泳いでしまうのです。
 南陵師、その点でも、安太郎先生の対話部分に感心しておられたのかもしれません。

 無論、以上はすべて私の推測ですので、間違っているかもしれませんが。



 
TOP
 
  Copyright(C) Konko Church of Tamamizu All Rights Reserved.