かんべむさしのこぼれ話
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 かんべむさし

  1948年1月16日生れ 兵庫県出身の小説家、SF作家、エッセイスト。
  (かんべむさしWikipediaより)  金光教玉水教会信徒

 

連載第22回

真空管のほぼ全部が不良品!


――よく日本の品物は粗製濫造だと言われるようですが、これは金儲けのことばかり考えてやってますから、こんなこと言われるんとちがいますやろか。商売にしましても何にしましても、真実ということがなくては本当に働いたということになりません。――(『信話 第十集』212頁)




戦前から戦後の復興期あたりまで、メイド・イン・ジャパンは「安かろう悪かろう」の代名詞とされた時代がありました。これには理由が三つあったようで、第一は安太郎先生のお話にあるように、確かに粗製濫造をした業者がいたということです。

 儲かりさえすればいいとばかりに、工賃や材料費を極端に抑え、納期までに数量を揃えるため作業を急がせたりもしたのでしょう。ボタン付けが雑ですぐ取れるワイシャツとか、フィラメントが短時間で焼き切れてしまう白熱電球とか、悪評を呼んだ商品はいろいろあったそうです。商道徳も何もあったものではなく、目先の利益にとらわれ、結果として日本や日本人の評判を落としてしまった恥ずかしい話です。

ただし第二の理由として、右の雑貨品の事例に関する弁護論として読んだ記憶があるのですが、粗製濫造は仕入れ先から値段を無茶苦茶に叩かれた結果だったという説もあります。何の本で読んだのか覚えていませんので、記憶に頼って紹介しますと、第二次大戦以前の世界恐慌時代、アメリカで10セント・ストアが繁盛したことがありました。何でも10セントで買えるという、いまの日本の百円ショップのような店です。

 しかし競争が激しくなると、普通なら10セントでは買えないような商品も揃えて、しかも店も儲けなければならない。そこでアメリカの輸入業者が、大量注文するかわりに単価を叩きに叩いてきたそうで、電球など、「とにかく最初に点けばそれでいいから」とまで言ってきたという話です。もともと、まともな製品など作れるはずのない価格で発注し、受注もしていたという、消費者の利便を忘れた本末転倒の取引だったわけです。

そして第三の理由は工業生産品に関してなのですが、当時の日本では「品質管理」という思想がまだ普及しておらず、作られる製品にばらつきがあったということです。戦後のJIS(日本工業規格)に相当する規格は戦前にもあったものの、そもそも製造機器自体の精度が低かったし、生産技術なども稚拙だったので、なかなか規格に適合する部品生産ができない。仕方がないので、規格自体の要求精度を落としたのだそうです。

 となると当然、品質にばらつきのある部品を使って組み立てられた製品にも性能のばらつきが出るわけで、第二次大戦中、民間の工場に電波探知機(レーダー)用の真空管を製造させたところ、使えるものが百個中、二、三個の割合だったという話もあります。

 もあれ戦後の高度成長期以降、製造技術が上がって品質管理も徹底し、メイド・イン・ジャパン製品に良品や高級品の代名詞となったものが増えたのは、嬉しいことです。




 
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