かんべむさしのこぼれ話
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 かんべむさし

  1948年1月16日生れ 兵庫県出身の小説家、SF作家、エッセイスト。
  (かんべむさしWikipediaより)  金光教玉水教会信徒

 

連載第25回

「名は体を表す」とは限らない


 と言うて金がなくても心配だが、またあればあるで心配なものです。銀行に預けておけば大丈夫のようやが、積善銀行だ報徳銀行だいうて名前はえろうええ名前でしたが、みんなつぶれてずいぶん迷惑かけたじゃありませんか。どこへ預けたから安全とは言えません。(『信話 第十三集』26~27頁)




このお話は、神様に頼らなかったら、「安心」など得られるはずがないということを、いろんな事例をあげて説明しておられる部分のひとつです。そして、そこに出てくる積善銀行は京都にあった日本積善銀行のことで、母体になった銀行は明治時代の中頃に発足しましたが、大正十一年(一九二二)に破産してしまったそうです。
原因は、この銀行の常務で堂島の米穀取引所理事長も勤めていた人物が、自分が経営する別会社に無理な融資をしたからだそうで、そのとばっちりを受けて、当時、九つもの銀行が休業に追い込まれたということです。そのなかに報徳銀行も含まれており、こちらは本店が東京にあった銀行です。大阪市中央区の今橋に新井ビルというレトロな建物が残っていますが、それが当時の報徳銀行大阪支店ビルだったとのこと。

時代が移って、このあと昭和初期の金融恐慌や終戦後の混乱期にも、あちこちの銀行がつぶれたり、合併を余儀なくされたりしました。しかし我々の記憶に新しいのは、バブル景気の崩壊後、膨大な不良債権を抱えた多数の銀行が、合併などによって続々とその名前を消滅させていったことです。三和銀行、大和銀行、太陽神戸銀行、東海銀行、富士銀行、協和銀行……。これらの銀行がどう再編され、いまはどこのメガバンクになっているのか。よほどの専門家でなければ、すらすらとは言えないほどの複雑さです。 銀行といえば「堅実」の代名詞だったはずですが、まさしく有為転変は世の慣いとしか言いようがなく、安心ということをあらためて考えさせられる事実です。



 
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