かんべむさしのこぼれ話
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 かんべむさし

  1948年1月16日生れ 兵庫県出身の小説家、SF作家、エッセイスト。
  (かんべむさしWikipediaより)  金光教玉水教会信徒

 

連載第26回

マイナス変じてプラスになる


 信が過ぎたら損をする。義が過ぎたら堅くなる。仁が過ぎたら弱くなる。礼が過ぎたらへつらいになる。智が過ぎたら冷たくなる――と言うてますが、信は損するほどに信を過ごしたらええと思います。信というものは、肉眼の世界では、えらく損ばかりするもんのように見えるものです。(『信話 第十二集』245頁)




普通、「仁義礼智信」という順序で並べられるこれらは、中国の儒教で「五常」と呼ばれ、古来、人間として守るべき規範とされてきました。
安太郎先生が言っておられる順番で紹介すれば、「信」は、言葉に嘘がなく真実を語る、誠実で約束を守る、友情を重んじる、などのこと。「義」は、自己の利欲にとらわれず、なすべきことをすること、正義を行うこと。「仁」は、人への優しさ、親愛、思いやり。「礼」は、儀式や祭礼あるいは上下関係などで守るべき、制度や習慣。そして「智」は、学問や知識を重んじることを示しているそうです。
ですから、このそれぞれの「過ぎた」状態を想像すれば、日常生活や対人関係でどんなマイナスが発生するのか、損をする、堅くなる、弱くなる等々の実態が見えてきます。周囲の者から見れば、まあ、「つきあいにくい」人物になったりもするのでしょう。
また、儒教で言う「信」の意味は右の通りですが、安太郎先生はそれを、信心の強さや深さ、その度合いの意味で使っておられます。そしてそれが過ぎたときの損については、「肉眼の世界では」と言っておられますから、先祖の御霊とか、死後の自分とか、そういった肉眼では見えない世界も含めたなかでのプラスを、視野に入れてのお話でしょう。
 「実行至難なことだなあ」とは思いますが、「損して得取れ」という商売の秘訣は、実はこの分野にも使える一大真理なのかもしれません。




 
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