「教風」 (連載第20回)


初代大先生拝詞


 金光教の信心とは何か、という問いに対して「自分に死んで神に生きること」という答えがあるそうです。

 道輝会の方があるとき「私は年頭に大祭などの大きなお祭りを休暇でまずおさえます。月例祭はすべてというわけにはいきませんが、調整してなるべくお休みをいただくようにしています。自分のことよりもまず神様のことですから」と話してくれたことがありました。

 自分の都合より神様のご都合を優先するこの方の生き方は、右の定義でいけば確かに信仰している人と言えるでしょう。そしてこういう方は、自分の願いだけを「どうぞ、どうぞ」と願っている段階とは見ただけで違います。はっきりと違います。

 初代大先生は「あの人は信心して、生まれ変わったようになって今までとは違ってきた」と他人から言われるようになったら、新しく生まれ変わった人という意味で「新人」という、とおっしゃっています。

 ●新人→真心→神心→神人
 シンジンと言う言葉が信心の進み方により変わっていく、と初代大先生は説かれています。(『湯川安太郎信話 第九集』82頁)
 新人が進んで、まことの心になる真心に通じ、もう一つ進んでカミゴコロと書く神心に通じ、さらにカミヒトと書く神人の境地になると信心も行き着いたところへ行き着いた、神と一つになった天地と一つになったということになる、と教えてくださっています。

 もちろんこの神人という言い方は初代大先生の独特な言い方ではありません。
 教祖様が『此方(このかた)は、しんじんは神人と書くぞよ』と近藤藤守先生にはっきりおっしゃった言葉です。

 ●「神と人と一つなることわりを」
 私たちが日夜お唱えする「湯川美志道輝真柱大人(うましみちてるみはしらうし)拝詞」は、東京の白金教会長 故和泉乙三先生が制作してくださったものです。
 和泉先生は祝詞(のりと)作成の名手と謳(うた)われた方でした。その先生がご自身で一番の渾身(こんしん)の作だと認めていらしたのがこの「初代大先生拝詞」でした。

 信心をよく知らない人でもリズム感のある大変あげやすい拝詞であるということはわかります。 また和泉先生は、昭和二十九年に御伝記『金光大神』が刊行されたときにはその責任者でいらしたことからわかるように、一貫して金光教の教義探求の第一人者のような方でした。

 そして大正時代から初代大先生の人となりをよくご存じでした。
ですから拝詞制作にあたって言葉の上面を飾るだけでなく、言葉の深い意味を考えに考え抜いて精緻(せいち)にこしらえてくださったのです。
 たとえば「神と人と一つなる道理(ことわり)を 正明(まさやか)に教え真詳(まつぶさ)に示し給いし」という箇所なども和泉先生が、湯川安太郎だからこそ書けた、金光教のあるべき信心の姿としてつきつめることができた、とおっしゃったということを漏れ承ったことがあります。

 初代大先生が、生前に信心の最高の境地といわれた言葉がそのまま、大先生拝詞に謳われているということも不思議な感がいたします。
 一層に信話集をいただき、信心の段階があがっていくように骨折らせていただきましょう。
(この「教風」は、2007年2月に掲載されたものです)
TOP
バックナンバー一覧