「教風」 (連載第24回)


鈍根運


    記念館前の掲示板に先日まで「鈍根運」と墨書で掲げられていました。玉水信奉者の方ならよくご存じの初代大先生のみ教えです。

 世間では運鈍根と言います。辞書にも載っている言葉で、成功するためには三つのものがいる。良い巡り合わせ「運」と、粘り強いこと「鈍」、根気の良いこと「根」の意です。

 初代大先生はこのうちの鈍を一般的に「あんたはドンやな」などと使う場合の「どんくさい」という否定的な意味に読み替え、さらに順番を入れ換えて、この鈍を最初に持ってきて鈍根運とされました。自分は鈍なもの、他人に比べて足りないものである、という自覚がなにより大事で、だから習い覚えたことを守り抜いてやっていく根気をもってもらいたい。そうすればやがて必ず運に恵まれると説かれたのでありました。

 初代大先生も信心するまでは、自分も商いについては相当の腕がある、と自信をもっておられました。信心しているうちに逆に、私を金で苦しめてきたそのもとはこの腕であったと気がつかれて、すべてを神様にお任せしよう、つまりすべてを神様に足していただこうという行き方に変わっていかれたわけです。

 ですから教会をもたれてからでも、徳があり祈念力があるからたくさんの人を助けることができるのだと周囲の人から見られても、初代大先生ご自身は微塵もそんなことは思っていない。むしろ「私ほど足らないものはない、私ほど神様に足していただいているものはない。字を書けばミミズが這うような字だし、話をすれば論旨明快で立て板に水というようなことはほど遠い」とおっしゃる。

 自分は鈍であると本当に思えれば、心から神様に足してください、とすがれる。神様に足していただくことが一番確かなのだと初代大先生は繰り返し繰り返し教えてくださりご自身現されたのでした。

 ○二代大先生も
 私は初代大先生の生前のお姿を存じません。しかし二代大先生も初代の姿をそのまま体現されていたと思います。

 たとえば、ご本部参拝の折りなど、二代大先生がどの先生にも自分の方からふかぶかと頭を下げて挨拶をされたということがあります。挨拶された先生方が「玉水の先生は偉い先生なのに腰の低いことだ」と感銘をうけられた、という話はよく耳にします。私の記憶にも二代大先生のそういう姿が残っています。

 でも考えてみれば、二代大先生自身は決して自分のことを、初代の跡をついで懸命にやっており、初代のもとで修行をしたから人を助ける力も備わっているなどとは、思っておられなかったでしょう。むしろ、自分というものはなかったはずです。

 この玉水のお広前では、初代大先生が御用してくださっている。たとえ姿、形がなくなってもお取次くださっているのだ。ただ姿、形がない分自分がお使いいただいて初代大先生の徳をお広前に満ち渡らせていくのだ、という思いではなかったかと思います。

私は二代大先生の御用姿勢をそう頂いています。ですから二代大先生も、私は鈍なものである、すべてを神様から足していただかねば成り立っていかないものである、という自覚は常にもっておられたはずです。ご本部での先の話の姿も演技でもなければ小手先の計算でもない本心から生じたふかぶかとした挨拶であったと私は心から思います。 心をより一層進めさせていただきましょう。
(この「教風」は、2007年6月に掲載されたものです)
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