「教風」 (連載第26回)


心のまね


 教祖様のご事蹟のなかで、鈴木久蔵さんが教祖様のまねをして麦を乾燥させずにそのまま俵に詰めて虫をわかせた、という話はご存じの方も多いことでしょう。教祖様が神様のお知らせのままに生麦を詰めたのを見て、そのまねをした久蔵さんの方にはおびただしい虫がわいて近所へも迷惑をかけたという、あのお話です。

 教祖様が神様に御礼申し上げると「仕事のまねはだれでもできるが、心のまねはできないから」とお知らせがあったのでした。
 初代大先生はこのお話について、足のかゆいところを靴のうえからかくような感じがすると切り込まれ、大事なのは心のまねの中身なのに、それが示されていないとして追求されます。
 そして、教祖様がなんの迷いも疑いもなく神様のお言葉に従った、なにごとも神様の仰せのままにというご信心になりきったことが、その中身であると教えて下さっています。

 ○「オヤジだったらどうするか」
 先日テレビをつけていて「オヤジだったらどうするだろうか、と考える」という言葉が聞こえたので、思わず見入ったことがあります。

 ある老舗食品メーカーの社長さんの話で、先代から「社長たるもの沈思黙考せよ」と教えられて、考えるが、なかなかどうしたらいいか思いつかない。あるとき「そうだオヤジだったらどうするか」と考えてみると考えがまとまり、それからはいつもそう考えてみるのだというのです。

 信心しない一般の人でもそうなのか、と興味深く見ました。
 私たちにとってはこのお言葉は、二代大先生の言葉として深く心に浸透しております。

 二代大先生の特筆すべき事業といえば、社会事業団と会堂の移動改修であることはどなたも異議のないことでしょう。このうち移動改修は初代大先生の「広前が二間(3.64b)西の方へ寄せられたらお祭りのときでも信者がお参りがしやすいのだが」という願いを実現されたわけで、これは「初代だったら」という在り方を直接体現されたものです。

 しかし社会事業団については、初代の時代には、敗戦も大阪が焼け野が原になることも、予測できなかったわけですし、初代大先生が直接ご自身の願いを残された言葉はありません。
 しかしそれでも私は、玉水病院を中心とした社会事業団の事業は初代大先生のお心を継がれたものと思います。

 鈴木久蔵さんは、どうすることが形のまねであるかはよく分かっていた。しかし心のまねができなくて失敗した。
 二代大先生は逆に、初代大先生の心は分かっておられた。神様を信じきって神様の仰せのままに進むということはわかっておられた。でもどうすることが神様のおぼしめしにそい、大先生の心のまねになることなのか、形ははっきりしていなかった。

 そこで神様にお願いし、初代大先生の霊さまにお尋ねして、社会事業団という道を歩まれたのでした。ですから私は「社会事業団」こそ、二代大先生の「形のまね、心のまね」が結晶したものであるととらえています。

 同様なことは三代大先生の学校開設についてもあてはまると思います。
 二代、三代大先生のように心のまねができるよう、初代大先生のお心に常に思いを寄せてまいりたいと存じます。
(この「教風」は、2007年8月に掲載されたものです)
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