「教風」 (連載第37回)


喜びをみつけていく


 信心している者にとってなにより必要なのは御教えを実践していくことであると思います。ただし言うのは簡単ですが、やってみるのはむずかしい。「問題が起きてきてもうろたえるな」「心配するな」「しっかり神様つかんでおったらええんだ」と聞かされ体に言い聞かせているつもりでも、いざとなるとついつい心配してしまう私たちです。

 商売しているある女性の信者さんで、バブルがはじけるまではそこそこ実績もあがり立派な家に住んでいたという方が、経済が厳しくなるにつれ商売も苦しくなり、やがて家も手放さなければならなくなりました。

 移った先は風呂はなくトイレも共同という古いアパートでした。それでもその方は、
「こういうことになって初めて信心を、商売を求めることになりました。以前は仕入れのときもよく吟味せず、いい加減にむだなものも仕入れていました。今は神様にまずお願いしてやらせていただいています」
と、まず教会に参ってから店をあける、というように懸命に信心されています。

 とはいえ、それでドカンと儲かればよいのですがそうはいきません。毎日毎日資金繰りに悩んでいると、ついつい「何でかなあ、こんな苦労するのは」と愚痴の一つも言いたくなります。そう思うとツイていないことばかりが重なり、先日は、建て直すから出て行ってくれとアパートの立ち退きを迫られる事態となりました。「ここを追われてどこに行けばいいのか」と不安が頭をもたげます。

 ○重病の方に励まされる

 ある日もお参りしてから店に向かっていると、店によくきてくれる奥さんが洗濯物を干しているのを見かけました。その奥さんは脳梗塞から半身に後遺症が残り、その上ガンも患っている方でした。で、「お手伝いしましょうか」と声をかけると、「自分でしますから」と言うので、そのまま店に行き商売を始めました。

 するとその日、その奥さんが店に来て話し始めました。
「私はいつ死ぬかわからない身です。でも一生懸命働いています。夫に迷惑掛けないようにと。ごはんもたくさんは食べられない。でもどうかすると、ああ、おいしいなあ、と思う日もある。そんなときは素直に喜ぶのよ。懸命にやっている私へのご褒美や、と思うてね。あなたもいろいろ大変なことがあるでしょう。でもちょっとしたことでも喜び見つけて、これは自分へのご褒美やわ、としていかはったらどう」

 この奥さんは信者さんではありません。あるいはなにかの信仰を持った方かもしれません。私はお結界でお話を聞いていて、神様がその奥さんを、商売している信者さんのもとへ差し向けられたのだ、と心から思いました。

 「で、先生、落ち着いて考えてみたら今度の立ち退きのこともおかげやったんです。前々から出たいと思うてお願いしてきました。隣がトラブルの多い人で夜も騒いで眠れませんねん。自分から出る、となったら費用は自分持ちです。でも立ち退きとなれば引っ越し料に加え幾分かはいただけそうです。喜ばしてもらいます」

 そして言葉通りバストイレ付きで安眠できる所へ引っ越しできましたこれからは感謝の心を軸にした信心をされていくでしょう。

 感謝の心を持って信心していけば多少の問題が起きても押しまくられずに信心を進められます。喜びを見つけていくことに取り組ませていただきましょう。
(この「教風」は、2008年7月に掲載されたものです)
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