「教風」 (連載第42回)


世界を祈る


 最近テレビをみていますとしきりに不景気になる、恐慌がやってくるなどということを言っています。

 アメリカのサブプライムローン(低所得者向け住宅ローン)の焦げつきに端を発した金融危機が証券会社リーマンの破綻(はたん)などによって深刻化して世界中に大波となって及び、日本も免れないということを言っているのです。詳しいことは金融のからくりや横文字が飛び交い大変わかりにくい。しかし、日本でも株価が乱高下を繰り返しながら落ちていき、また経済を引っ張っていた輸出産業が円高によって打撃をうけるとのことで私たちにもおおいに影響がある、ということは呑(の)み込めます。

 私たち日本だけが平和で繁栄するということはあり得ない、世界の出来事が直結しているのだという報道に世界のことを祈っていかねばならないのだと改めて思います。

○世界を祈っていた教祖様
 昔から政治や社会を志向しない、悪くいえば自分の回りのことしか考えないなどと言われる金光教ですが、実は教祖様は全くそうではありませんでした。

 教典には「世界をこの道で包み回すようなおかげを頂きたい」とか「世界の人を助けたいという欲がある」などの、世界を意識した教祖様のお言葉がたくさん載っています。

 自給自足に近い経済の、草深い農村の一角に座っていながら、こういうお言葉をおっしゃった教祖様の視野の広さ、信心の深さには恐れ入るばかりです。

 また、教祖様はお取次を願った氏子一人ひとりのご祈念である別祈念の他に世界のことを祈る総祈念をなさっておられました。

 その総祈念を初代白神信一郎先生が聞いて書き写されてご自身もなさるようになり、二代白神先生も継承されました。二代白神先生のお取次をいただいた初代大先生もなさるようになったのが玉水教会のご拝文(ご祈念詞)のはじまりです。

 ご拝文は定時のご祈念で読み上げてご祈念仕えておりますので、よくご存じでしょう。さらに簡略にしたものを「祈りの手帳」に収めてあります。勢祈念では皆さん声をあげて唱えているので、どんなものか、どういうご祈念かわからない方はいないと思います。

 それでもどうでしょう。何でこういうご祈念をあげるんやろう、という気持ちで字面だけ追っているということはないでしょうか。自分の日々の生活とは直接関係ないし、祈るのが仕事の先生たちならともかく、信者の自分たちまで何でこんな高尚なご祈念をせんならんのか、そんな気持ちの方も中にはいるのではないでしょうか。

 世界を祈るのは特別なことではありません。金光教の信心のとても大切なことです。なぜなら世界を祈る、自分の身の回りを離れて広く社会のこと世界のことを祈念していくというのは、神様と同じことをさせていただくことだからです。

 神様の願いの一つをになわせていただけるとはすばらしいことです。こんな光栄なことはありません。信心が一段と深く大きくなります。

 信心が大きくなればその影もおおきくなる、とは初代大先生の御教えにある通りです。

 懸命に世界のことを祈り、世界を意識して信心を進め、大きなおかげの道に進んで参りましょう。

(この「教風」は、2008年12月に掲載されたものです)
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