「教風」 (連載第49回)


神さまのおはからいのままに


 今年は三代大先生十年祭のお年柄です。十二月のお祭りに向けて準備を進めておりますと、三代大先生のお姿がしきりに思い出されます。

 三代大先生は大変な暑がりでした。いつも団扇(うちわ)を持ち歩き扇(あお)いでおられました。食事は残すことなく、またおいしそうに召し上がっていました。体格もよく、背筋はいつもピシッと伸びて、若い時はスポーツ万能でした。いわば活発で元気旺盛(おうせい)に生活を送っておられたわけです。

 その大先生が、まさかガンに冒されるとは思ってもみませんでした。

「このままいけばあと五カ月です」。こう聞かされた時、私はたとえようのないショックを受けました。「ご本人に告知なさいますか」と医師から問われて、私は一瞬どうしようかと迷いました。大先生もショックを受けられるだろうし――。しかし現在の治療は本人に告知をすることを前提に進められることがわかって、大先生にも告知しました。

 すると案に相違して、大先生は平然と受け止められ「取れるものなら取ってほしい」と手術をご自分から希望して受けられました。

 闘病の毎日がはじまりましたが、愚痴も不平も出さず、実に淡々と過ごしておられました。そしてお祭りのとき、ご自分がお広前に出向けない場合は、体力が許せばお広前の方向に椅子をむけてご祈念し、お祭りを頂かれていました。

 最後の日はベットの上で、痛いはずの側を下に向ける体勢をとってまで天地書附を凝視され、ご祈念をなさっておられました。

○神様の思いに自分の思いを合わせていく

 こうした肚(はら)のすわったというか、落ち着いた様子はどこから生まれるのか、――私は生前のこんなお話も手がかりになると思います。

「(初代大先生は)八つの事柄を自分自身が一生懸命に勤めさせていただくということの約束を神さまになされたのです。このなかで一番大切なことは『私のすべての思いをあなたの思いに合わせていく』ということ。つまり神様は今どういう思いをなさっているのか、そのことに四六時中心を向け、自分は神様の御思いに外れてはいないかと、いちいちチェックしながらおかげをこうむっていくということです」(『道しるべ』下85頁)
 人によれば七十そこそこは早いなあと考えるかもしれません。もちろん三代大先生自身ももっともっと長生きして、御用されるおつもりだったでしょう。しかし神様のおはからいというものは私たちの意向や憶測を超えたものです。

 ですから自分の思う通りにならないと腹を立てたり失望したりするのではなく、神様のおはかいの方に心を寄せて、どうぞそのなかでおつかいくださいという信心姿勢を貫かれていったのです。
 三代大先生がお隠れになったあと、大先生が生前から何度も計画していた玉水記念館が立派に完成しました。その記念館を仮広前として阪神大震災で被害を受けたお広前の修復も叶いました。

 そして2005年には玉水百年祭が盛大に奉行されました。これらはどれひとつとっても私の実績ではありません。神様がなされたことです。そしてその神様の思いにご自分の思いを合わせていかれた三代大先生のお働き、お取次によるものであると私は心から思っております。

(この「教風」は、2009年7月に掲載されたものです)
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