「教風」 (連載第51回)


霊祭をお迎えするにあたって


 春秋の霊祭の一連の行事は、まず新たに金光教式でご先祖の霊様(みたまさま)をお祀(まつ)りしようと願われた信奉者の方々のご先祖を、ご霊璽(れいじ)と教会霊殿にお遷しする改式遷霊の行事からはじまります。

 そして仏式などで葬儀はされてもその方お一人は金光教でお祀りしていただきたいという個人霊の遷霊行事があり、その後、霊殿の内陣を丁寧にお掃除して霊祭を迎えます。

 霊祭もまず前日祭として、お祀りしてある霊様をお呼出ししてから翌日の春分の日、秋分の日の霊祭をお仕えします。さらに二十八日には瓜破(うりわり)の墓地で信奉者合同墓前祭を挙行して終わります。

 私は学院に入学するまでは、こうした霊様の行事は金光教の教会ならどこでもされているものだと思っておりました。

 ところが「霊祭というても奏上する祭詞が違うくらいでいつもの月例祭と規模は同じや」などと言う教友もいて、こんなに丁寧に霊祭をお仕えするのは玉水教会独特のことだ、ということがわかってきました。

 最近では、警蹕(けいひつ)(オーオーというかけ声)をかけて霊様をお遷しする遷霊を、もうされていない教会も多いと聞きます。さらには
霊様の存在にさえ懐疑的な信奉者もいるとのことです。

 こういうふうに申しますと「ではお前は霊様が確かにご霊璽、教会霊殿にお遷りしたか見えるのか」と問われると正直なところちょっと困ります。  しかし私は、遷霊に際し霊殿の前でお願いしておりますと二代、三代の大先生が私の横で私の遷霊を助けてご祈念下さっているのを感じます。初代大先生は霊殿の中から、お遷しする霊様を着実にお導きくださっておられると感じるのです。

 ですから私が霊様が見えようと見えまいと遷霊の働きは神様の御用として間違いなく執り行われているのです。

○ご先祖も信心している
 ではこうした霊様を大切にお祀りしていくのは初代大先生の信心であって教祖様の信心ではないのか、というと決してそんなことはありません。 たとえば教祖様にはこういうご事蹟があります。教祖様が天地の親神様と出会われてまだそう日にちのたっていない安政五年四十五歳のときのこと、お盆にご先祖の精霊(仏教用語では「ショウリョウ」と読みます)をお迎えしていますとご先祖が「戌の年さん、おまえが来てくれたのでこの家も立ち行くようになった。精霊が御礼を申し上げる」と感謝の言葉を告げた、というご事蹟です。

 たしかに教祖様は養子に来てから刻苦勉励して川手の家の格を上げました。しかしこのご先祖の言葉はただ経済的に豊かにしてくれてありがとう、と言う意味ではありません。

 あなたが天地の親神様に出会ったことにより私たち先祖も親神様を知り、ほんとうに助かる道にはいることができたことがありがたい、というようにとるべきです。
 霊様も、お取次をいただいてわたしたち同様信心しておられるのですそのことをこのご事蹟は教えてくださっています。
 
 ですから霊様の一番のお喜びは私たちが信心すること、信心を進めていくことなのです。
 春秋の霊祭には、霊様に、「今回の霊祭ではこれまでと違い、こういうところに気づかせてもらいました。信心進ませてもらいました」とご報告できるような、そういうお祭りに是非させていただきたいものです。

(この「教風」は、2009年9月に掲載されたものです)
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