「教風」 (連載第61回)


世界中がお広前


 教祖さまは、「神に会おうと思えば、にわの口を外へ出て見よ。空が神、下が神」(理V 金理12)と教えてくださいました。ちなみに、にわの口とは庭園の入り口という意味ではなく土間の入り口、つまり昔の農家は家に入ると作業場を兼ねた土間があったのでそのことを言われているのです。また「天地金乃神の広前は世界中であるぞ」(理V 金理6)とも仰せられ、さらに「天地金乃神は、くもが糸を世界中に張ったのと同じことである。――何百里あっても、拝めばそれが神に届く」(理U 伍慶5)とまでおっしゃっています。
 
米寿を過ぎても元気にお参りされる女性が、こんな話をしてくれました。もう二十年以上前、その方が二度目のイタリア旅行をしたときのことです。

 映画「ローマの休日」で有名なスペイン広場に夕方六時の集合でした。前回行ったときおいしかった中華料理の店が近くにあったので食べに出かけました。友達を誘ったのですが、「中華はええわ」と断られ、一人で記憶をたどって行きました。
 無事店をみつけておいしく食事をしました。
 ところが、さて店を出てスペイン広場に行こうとしているうちに道に迷ってしまいました。どうも通りから少し入ったところにあったので方角を誤ってわからなくなってしまったようでした。
 さあ大変です。その方はイタリア語はもちろん英語もわかりません。しゃべれるのは大阪弁だけです。
 あまり歩きまわるとかえって変なところに行きそうなので、立ち止まって一心に神さまにお願いしました。しかしそんな奥まったところには日本人は通りません。そこで意を決して通りかかったイタリア人に声をかけてみました。

スンマセン、スペイン広場へは、どないいったらええんでっしゃろか」
 するとその白人の方が「ああ、スペイン広場ですか」と、なんと日本語で応えてくれたのでした。
 そして日本語で丁寧に教えられてスペイン広場にたどり着けたのでした。

 ○強い祈りがあって
 冒頭のみ教え、とくにはじめの二つは、長く信心している人なら大抵は知っているでしょう。教祖さまは鎖国時代に育った人とは思えぬほど繰り返し繰り返し、世界ということを力説されました。そして迷子になった信者さんは、くもの糸のみ教えそのままに、祈りが神さまに届いておかげを頂かれました。金光教の信心から言って不思議でも何でもありません。
 しかしどうでしょう。言葉の通じない外国でたった一人きりで道に迷ったとき、「ああ困った、困った、どないしよう」などと逆上せずに「そうだ、ここで腹きめてご祈念しよう」と、ぱっと思えるでしょうか。
 私は、その方がすっとご祈念に入ることができたのは普段の信心のたまものだと思います。
 どんなときでもどんなことでも、祈りより確かなものはないのだ、という強い信念を初代大先生からたたきこまれて、そのことを守り磨いてきた。 足取り確かに今も参拝され、うれしそうにお結界に来られる姿には、私たち後輩が学ぶべき多くのことがあるようです。


(この「教風」は、2010年7月に掲載されたものです)
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