「教風」 (連載第64回)


富士山頂での感動


 八月にスカウト、ゼロカンパニーの諸君と富士山に登ってきました。
 かねがね富士山に一度は登ってみたいとは思っていました。そのためかある会議の席上「今年は富士山に」とでも口走ったりしたのでしょうか。「親先生の希望により今年は富士山に」と趣意書に書いてあるではありませんか。これはどうあっても行かねばなりません。


 小当たりにスカウトのポンポン山行きに同行してみました。どうも思うようにまいりません。和歌山からの徒歩参拝のときも、甘く考えて辛い目をしました。
 事前の準備がいるな、と経験から考えました。体重を減らすことです

 ○五`のダイエットに成功
 山登りにはかなりの荷物を携帯します。それで登っていくのですから、身が軽いに越したことはありません。といって体力まで落ちたら何にもなりません。まず深夜、ご祈念を終えた後ほっとして一杯飲んでいたのをやめました。そして朝、犬の散歩がてら靱公園で軽く体を動かすことにしました。ここでちょっとした問題が発生。愛犬が途中で動こうとしなくなるのです。それを無理やり引きずって公園までいきます。ホテルのラウンジでコーヒーを飲んでいる人たちがおかしそうに笑っていてもかまわずやり通しました。
 結果、五`の減量に成功。やれるもんだな、とまず自信がつきました。

 ○「きれいな」という以外言葉がない
 当日五合目から登りだすのですが、まず思ったこと。ここは富士山か? というのは人、人、人の波だからです。また中国人はじめ外国人が大勢で、ここは日本か? とも思いました。

 いよいよ登りだします。八合目の山小屋で休憩する予定にしていました。ここで夕食をとって夜中の一時に出発します。山頂でご来光を拝むためです。ヘッドライトをつけて進むのですが、もうぎっしりの行列状態で、前の人を追い抜かすことなどできません。ようやく山頂に着くとその寒いこと。六、七度だそうですが、風があるのでもっと低く感じられます。寒さに震えながら私はご来光を拝むための場所とりに突進。一番前で体を丸めながら待ちました。

 夢にまでみた富士山頂から拝むご来光。この日は少し雲が出ていました。しかしその雲がお日様が近づくにつれ色を変えていくのです。そして立ちのぼる太陽。もう「きれいな」という以外形容する言葉がありません。

 私は大自然が好きで、アメリカにいるときも暇をみつけては自然公園などによく車を走らせました。アメリカの景色は雄大です。日本とはまったく違います。しかし富士山からの眺めは雄大であり、それでいて大味でない日本の景色でした。

 感動しながら私の頭には教祖さまの「天と地の間に人間がある。すなわち天は父、地は母である。人間また草木など、みな天の恵みを受けて、地上に生きているのである」というみ教えが浮かびました。天はすぐそこにありますし、地は眼下に広がっています。さらに初代大先生の「信心は第一に、天地の御恩――天地のおかげということを知らなくてはなりまへん」というお言葉も思いおこしました。信心第一――御恩ということに真剣にとりくんでまいりたい、と今願っています。
(この「教風」は、2010年10月に掲載されたものです)
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