「教風」 (連載第65回)


おかげを頂いたあと


 教祖さまは四十二歳の折の大患を通して神さまと出会い、信心を深めていかれました。三年後、手にお知らせを頂くようになり、やがて口でもお知らせを頂けるようになりました。
 神さまが、「ああせい、こうせい」と一々指示してくださるのですから、こんなに心強いことはありません。教祖さまがそうして頂いた数々のおかげは、ご自身が達意の筆で『覚』(教祖さまの手記)に細かく丁寧に書かれているので、今日でも私たちは臨場感をもってそれを知ることができます。ただそのおかげ話を読み進めていくと、「これはおかげというより、むしろ神さまのお試しだな」と私自身思うところがあります。

 ○常識か神さまの仰せか
 たとえば、秋うんかの話があります。うんかは稲にむらがる害虫で、当時これを退治するには田に油を入れて、ほうきなどでうんかを油に落とすしか方法はありませんでした。油を入れれば稲の稔りは悪くなりますが、駆除しなければうんかに食われてしまいます。
 神さまは、教祖さまに「田に油を入れるな」と指示されます。当時の常識に従って油を入れるか、神さまの仰せに従うか迷う教祖さまに、神さまは「今晩お広前で寝てみい」と言われます。お広前で蚊帳を吊らずに寝てみて蚊が食うか食わぬか、それで神さまのお力を見せてやるというのです。
 旧暦七月は夏の終わりで蚊が少ないはずはありません。しかも教祖さまは蚊に弱い体質でした。まさに身をもって実験されたわけでした。神さまの言うとおり蚊はほとんど刺さず、刺されてもかゆくありませんでした。
 こうして教祖さまは、お知らせどおりになされました。うんかの被害の多い年であったのに、教祖さまの油を入れない田はうんかの被害にあうこともなく、同じもみ種をまいた隣の義弟・古川参作さんの田とは格段の差のみごとな稔りだったといいます。
 そのほか天候のおかげなどを次々に教祖さまは頂いていきます。いずれも常識をとるか神さまの仰せをとるかの選択をせまられてのことです。

 ○お試し合格のあとで
 教祖さまは常に神さまに従い、お試しに合格していきます。私が「すごい」と思うのはその後です。おかげというのは頂いた後がむずかしいのです。ある人はおかげを頂くと、神さまは当分いらないとばかりに勝手に信心を一服したりします。あるいは、「私はこんなすばらしいおかげ頂いた。たいしたものでしょう」というようなうぬぼれや自慢が顔をだしてきます。「自分のうしろには神さまついてんねん。超能力者みたいやろ、どや」などというように。
 ところが教祖さまにはそんなところは微塵も感じられません。狭い村です。教祖さまの見事な収穫、段取りいい仕事振りは人々の目を引いたことでしょう。でも教祖さまは全くえらぶることなく、実意丁寧に淡々と生活なさるばかりでした。
 それはおそらく、おかげの事実よりも、神さまに誘(いざな)われてどんどん展開していく、おかげの更なる奥に見える信心の世界の方に心をうばわれていかれたからでしょう。「命よりもなによりも信心が大事」と、後年初代大先生がおっしゃったような信心の世界の醍醐味を、教祖さまは味わっておられたに違いないからだと私は考えています。

(この「教風」は、2010年11月に掲載されたものです)
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