「教風」 (連載第66回)


信心のご催促


 教祖さまがお広前に座られて八年目の慶応三年のことです。教祖さまには五人の息子さんがいましたが、はじめのお二人は早く亡くなり、あとの三人の方が成人に達し、いまも子孫の方が活躍されています。

 実質の次男である石之丞さまが九月十一日発病されました。当時十九歳、その年春には、世話人と一緒に京都・白川家へ赴き教祖さまの神主職補任状を頂く大任を果たしています。
 病状は日増しに重くなり、教祖さまに、奥様・とせさまが「九死一生の重体です。命乞いのお願いをしてやってください」とお頼みになりました。
 それは九月二十二日でした。教祖さまの時代には現在のような祭典は仕えられていませんでした。それでも九月二十二日は「九月祭り」と呼ばれ今日の大祭のような年に一度の大切なお日柄でした。
 神棚にはお神酒をはじめ穀物、野菜、信徒の奉った珍しい品々が供えられ、各地から連れ立って参る参拝者でお広前はあふれたといいます。

 その大事な当日に病気が悪化したのです。
 教祖さまは「年に一度の大切なお祭りの日に、死にそうな大病になるのも,家内中の心がけが悪いからである」と奥様に話されています。
 私たちだったら、こんなときにこんな病気になってと、ただただパニックになり、あげくに神さまはひどい、などと言い出すかもしれません。しかし教祖さまは「私たちの心がけが悪いからだ」と神さまではなくお互いの方に改まりを見つけておられます。実際、石之丞さまは翌日にはご神飯の茶漬けが食べられ快方に向かいます。

 しかし、二十二日には神さまは「かわいそうと思うな。打ち殺してしまう気になれ」と恐ろしいようなお知らせを下されています。

 ○神さまは叱ることもある
 最近、若い先生たちのなかには、神さまは愛の神さまだから氏子を追い詰めたり、叱ったりしないという人がいます。それは間違っています。
 神さまは私たちの信心が成長して真の助かりに達することを切望しておられます。ですから私たちの信心がぼやぼやしておれば、ちょっと目をさませとばかりにゆすぶられます。
 先の教祖さまのご事績でも病気は家内中の心がけを改めるための荒療治であったと窺えます。
 初代大先生も、信者時代に神さまから懐をはたかれてはたかれて信心の改まりに骨折ったものだと話されています。

 三代大先生は「道しるべ」のなかで、――信心しているのにどうしてこういうことが起こってくるのであろうか、と思い悩むときがある。そういうときは、ついその問題にとらわれのまれて愚痴を言ったり神さまをうらんだりしがちであるが、そうではなく、いま自分は信心の節にいるのだ。神さまが自分になにかを心づかせよう、一段と信心を進ませようとされているのだ、とあくまで信心の次元で問題を捉える。そうは言っても神さまの声が聞こえてくるわけではないから、神さまの愛の鞭の意味をわからせてくださいとお願いする。

 そして、そのとき当たり前と思ってきたことをみなおして喜び感謝することだ。きっと道がついておかげになる。(上巻167頁参照)――
と教えてくださっています。ぜひその道を私たち歩ませていただきましょう。
(この「教風」は、2010年12月に掲載されたものです)
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