「教風」 (連載第67回)


信心を伝える


 あけましておめでとうございます。
 平成二十三年(2011)の新春をお迎えしました。新年らしく年頭の抱負を申してみます。今年は私は「信心を伝える」ということを目標とし、また皆様にも取り組んでいただきたいと願っています。

 こういうと、先生自身は、信心をどのように伝えられ、どのようにして自覚するようになったのですかと聞かれそうです。

 実は私自身は、親から「信心しなさい」と押し付けがましく言われたことはありません。そして、それをいいことに学生時代までお恥ずかしいくらい信心とは縁遠い存在でした。それでも今考えてみると「あの一言が始まりだったかな」という言葉があります。

 ○「死に目に会えんかもしれんな」
 私のアメリカ留学が決まり、勇躍、出発しようとしたそのとき、父が発した一言、「お前、大先生の死に目に会えんかもしれんな」。
 いくら信心に薄かった当時の私でも、自分が不自由なく生活でき、またアメリカへ行けるのも祖父である二代大先生が御用に身を捧げ、大先生が倒れたあと、父(当時は若先生)が引き継いでくれたおかげである、ということぐらいは分かっていました。

 その、いわば恩人である大切な大先生の死に目に会えないとしたら、これは人間として大変まずいことです。うれしいはずのアメリカ行きの機内のなかでも私はずっとそのことを考えていました。

 アメリカではサンディエゴ教会に参っていましたが、自分のことよりもまず大先生のことをお願いしていました。アメリカの大学は新学期が秋で、それまでの間、長い休みがあります。休みに入ってもアメリカで羽根を伸ばしたりせず、日本に帰ったのも大先生の容態が気になっていたからです。そして私は二代大先生がお祭りのたびに奇跡的に回復され、お広前にお出ましなさる姿をみて、金光教教師になる決意をするのですが、今日はその前段の話です。
 
信心をあまり深く考えていなかった私が、「恩」ということから信心に接していけたのは、ありがたいことでした。そのころの私には二代大先生の向こうに初代大先生という大恩人がおり、その初代大先生は神さまのご恩にどうしたら報い得るだろうか、ということばかりを生涯考え続けた方だったなどということは知りませんでした。

 ○一番のご恩報じは「伝える」こと
 今は恩という言葉は死語になりかかっているようです。しかし、信心のうえでは「恩」ということに無関心であってはならないと私は思います。「若い人には分からないよ」とはじめから腰を引くことなしに、「恩人」とか「恩返し」とかいう知っている言葉から説明すればきっと分かってくれるはずです。

  来たる七十年祭に大恩人である初代大先生のご恩にすこしでも報いるには、私たちは何をすればよいのか。それは信心を伝えることです。家族の中でこれまでお参りしなかった方、あるいは周囲の方で、常々、助かってほしいなと願ってきた方に勇気をもってお伝えする。

 七十年祭にその方々と一緒にお参りできれば、これが一番のご恩報じであると私は思います。是非とも取り組んでいただきたいと思います。
(この「教風」は、2011年1月に掲載されたものです)
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