「教風」 (連載第70回)


ひとの痛みを思う


 三月十一日に起きた東北・関東大震災で亡くなられた方々のご冥福と、被災された方々の一刻も早い復興成就を心よりお祈り申し上げます。

 十六年前の阪神大震災での被害のさまは、今でも思い出すだけで胸がつぶれるような想いが蘇ります。加えてこのたびの地震では揺れのあとに津波という災害が追いかけ、しかもそれをリアルタイムでテレビが映しだしました。「逃げ遅れた人はいないのか。神さま、どうぞお助けください」と心中祈るばかりでした。

 助かった方の大部分は避難所暮らしです。阪神大震災の折、三代大先生の命により信者さんとバイク隊を組んで被災地を回りました。あの時の避難所の様子を思い出します。皆さんは決して身内や家屋を失って愁嘆ということではありませんでした。とりわけ安否をたずねて回った信者さん方は、命を助けていただいた感謝を口にされ、「信心とはたいしたものだ」と、こちらが感心させられました。しかし、八十を越えたようなお年寄りが冷たい廊下に背を丸めて座っている。こちらは何もしてあげられない。腹がよじれるような感覚を抱かされました。

 ○信心を伝えるのも、まず思うことから

 初代大先生はもともと信心嫌いでした。ただ人の難儀を見ると、素通りできない性分だったようです。信心してもお金で苦労しつづけました。そして十三年目に神さまに「ようおかげを下さらなかったことです」と御礼を申し上げました。もしお金を握っていたら、月の一日と十五日くらいお参りして、それで一応信心しているつもりのような信者になってしまっていただろうというのです。

 初代大先生に苦難の道を歩ませ、信心の成長を促したのは、三代金光様のお導き、神様の御計らいです。ではなぜ。湯川安太郎の人並みはずれた思いの深さを神さまが見込んだからだと、私は考えています。それはご自身で「つまらんことしたくて困った人間です」ともてあますほどのことでした。しかしその美質は「かわいそうと思う心が神心」という、この道の信心によってさらに磨かれ、「ひとを思うこと 人後に落ちず」という境地に至っていかれました。

 最近私は、信心を伝えるということを皆さんにお話ししています。伝えることの出発点は何でしょうか。――ひとの苦しさを感じることだと私は思います。

「ああ、辛いだろうな。苦しいだろうな」と、共に苦しみ悩み、自分も神さまにお願いし、「あちらも神さまにおすがりすれば助かるのだから、神さまお引き寄せください」と祈念する。

 すべてはひとの痛みを感じるということから始まるのです。

 十四日から始まった朝の勢祈念――被災者・被災地のご冥福と復興を祈る勢祈念に大勢の参拝があることは心強いことです。

 私たち信心している者の役割は、直接は自分とご縁のない方々のことも真剣に祈って、辛さ苦しさを思っていく――初代大先生の教えてくださった道を踏んでいる私たちです。ひとを思う感度を上げ深くしていく。それが信心の目的の四項「自分の役割を明らかにし責任を果たしていく」ことになるはずだと存じます。

(この「教風」は、2011年4月に掲載されたものです)
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