「教風」 (連載第73回)


人 形(ひとがた)


 三年後にお迎えする初代大先生七十年祭に家族がそろってお参りできるようにと、信心の継承の願いについて折々に申しております。

 先月末の夏越大祓に「ひとがた」をお配りしたのもこうした願いからでした。本来ひとがたはお祓いしたあと川に流し、それによって私達の罪穢れもきれいにしてもらおうというものです。ただこのご時節、ものを川に流すことなどできませんし、個人情報のいっぱい書かれたものを人目にさらすこともできません。で、焼却となるのですが私はそれを半年伸ばします。そして皆さんやご家族の名前を半年間繰ってご祈念してまいるつもりです。

 ひとがたは別の面でいえば私のご祈念の材料を記していただいたわけです。私も皆さんの信心継承をしっかりご祈念させていただこうと思っています。


 ○神徳家ではなかった初代大先生

 お道では昔から神様のお言葉が聞こえたり常人ではわからないことを言い当てたりする能力を持った先生のことを「あの先生は神徳家だ」などと言います。初代大先生の時代にはそうした先生が本教にもそこそこおられました。が、私は見抜き見通し、と言われた神徳家の範疇(はんちゆう)には、初代大先生はあてはまらないと考えます。確かに初代大先生も神様とお話できるなど、いわゆる神徳はお持ちでした。

 しかしお取次の向きが全く違うのです。黙って座ればピタリと当たる、「右にしましょうか左にしましょうか」「右だ」というようなお取次なら、参った人は楽です。おかげ頂くだけのお参りです。初代大先生は、目先のおかげを頂かせるより、おかげを生み出す信心を渡すことに骨折られました。

 例えば「堂島の雑貨屋さん」の話があります。

 背負いのわずかな商いをしている雑貨屋さんに初代は奥さんの実家の七人家族を引き取れ、と教導します。いまのまま実家から少額ずつでも無心されたら断れないし、あんたとこはつぶれてしまう、と。

 渋る雑貨屋さんを神様に養っていただけば出来る、と説得します。朝に晩に必死で参ってくる雑貨屋さんに「自分が養うと思ったらいかんで」と初代は言い続け、とうとう、おかげ頂かせます。雑貨屋さんは「神様がご主人」の信心をつかんだわけです。

 実は、きゅうきゅうとして暮らしているのに親戚を引き取れと教導された方は他にも多く、これを機に初代の信心の「神様がご主人」を会得してそれぞれ立ち行かれました。

 その場かぎりのおかげよりもそのおかげを生み出すもとを渡すというのは、しかし受け取る方からすれば厳しいものです。が、厳しさに耐えてたくさんの方々が初代のお取次で助かっていきました。

 なのにその子孫が親の残してくれたおかげの果実だけを受け取って、もとの信心を捨ててしまったら霊となった親御さんも、神様も辛いことです。

 初代大先生は信心の世界では負債(メグリ)をかえせば貯金(徳)に変わる。ボロイ話だ。とおっしゃってます。信心しない子孫は徳も直に使い切ってしまうのです。ぜひ信心を継承してボロイ話を続けていただきたい。

 また新しく信心する方たちは、このお広前は初代の時代はもちろん二代、三代を経て今も日々に助かりの実例に満ち満ちているのですから、おかげを頂く信心を会得しやすいといえます。

 初代大先生の信心の筆法を身につけて、先輩に負けない信心をさせていただきましょう。

(この「教風」は、2011年7月に掲載されたものです)
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