「教風」 (連載第74回)


「聴く」ということ


 七月四日から八日まで「金光教大阪災害救援隊」に加わって東北の被災地を巡ってまいりました。

少年少女会連合本部の立ち上げた「東日本復興支援団」は、床板をはがして泥を掻きだすなど文字通り復興のために体を使って支援するもので、玉水教会からも青年会、ZERO-Companyの諸君が参加してくれてます。相当ハードなようです。

 私の参加した救援隊は、細かいニーズに対応した物資を携えて、大所でない、十分に支援の手の行き届いていないところをまわるものです。東北の方はわれわれ関西人と違ってシャイであり、すぐには打ち解けてくれない傾向があります。さらにこれだけの災害のあとだけに心も開きにくいということもありましょう。

それでも同じところをくり返し訪ねるという方針で今回が第七次になりますので、笑顔で迎えてくださったり、ぼつぼつあの日のことを話してくださったりということもありました。

 私がどうしても被災地に行ってみたかったのは、被災の様子をこの眼で見て、そして被災された方の話を直に聴きたかったからです。テレビや新聞からたくさんの情報は得ています。しかし現実にみるのとはやはり違う。毎日、復興をご祈念しながら実際に行けたらもっとご祈念が違ってくるのに、と思っていました。

 行ってみて痛感したのは、聴くということの重さでした。東北の方々もお互い同士では地震や津波のことを話さないということでした。まだまだ簡単に口の端(くちのは)に上らせることはできないのです。それを遠くから来た私達だからこそ、ぼつぼつ話ししてくださる。こちらも真剣に聴かせていただきました。もっとも東北弁なのですべて理解できたとは申せませんが、心は十分すぎるくらい伝わってきました。

  ○「聴く」は「徳」を積むに通じる

 私が金光教教師を志したのは養生中の二代大先生の姿に接したからだ、ということは何度もお話してきました。焦点も定まらないまなざしで休んでおられる大先生がお祭りが近づくにつれ、目の焦点が定まり体に力が入ってきて車椅子に腰掛け、やがて背がピンと伸びてお広前におでましになる。そんな奇跡のような変わり方に息をのんだものでした。

 初代大先生は、信心したらまず「あの人は信心して生まれ変わった」という新人に進み、次に真の心に通じるようになり、さらにカミゴコロ=神心に、そして神人と書くシンジンに行き着くと仰ってます。

 今思うと二代大先生のお姿は神様になったり人間にもどったりの、まさに神人のお姿でありました。では、どうしてそこまでのお徳を積まれたかといえば、二十歳(はたち)そこそこで金光教教師となってから八十過ぎまで来る日も来る日も信者さんのお願いを真剣に聴いて聴いて、聴かせていただいた願いを神様に祈って祈っていったからです。二代はまさに聴いて聴いて聴きぬいたご一生でした。

 聴く、ということはそれくらい奥の深い尊いことなのです。漢字の成り立ちは諸説あって、これは私見ですが、聴くの「聴」と「徳」がつくりが同じなのは偶然とは思えません。真剣に聴くことは徳に通じるのだと私は考えます。

 被災地を巡って、改めて聴くことの大切さと深さを思いました。できるだけのお手伝いをさせていただき、復興をしっかりとお祈りしてまいりたいと存じます。

(この「教風」は、2011年8月に掲載されたものです)
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