「教風」 (連載第76回)


小渕浜の夏まつり


  八月の末に、再度東北へ足を運ぶ機会を得ました。七月に大阪救援隊に参加した折、ある浜の民宿の大広間にあがらせてもらいました。その浜でも潰滅的(かいめつてき)な被害を受け多くの方が亡くなりました。高台にあって被害を免れた民宿には、被災された方たちが暮らしていました。その表情はうつろで生気ない様子で、阪神大震災の折にも同じような表情と出あったと思いだしました。

「今年は夏まつりもできなくて」という言葉に大阪救援隊のメンバーが「やりましょうよ、夏まつり」と声をあげ、私も「ぜひ、やりましょう」と和しました。

 というわけで夏まつりの実施奉仕に参ったのです。

 実は、七月のボランティア活動から帰って私は悩んでいました。私達は黙々と作業をするだけで、これがお役に立っているのかどうかわからないのです。もちろん支援物資を持っていけば喜んでくださいます。しかし、心の通い合いといったことは余りありません。あるいは、長い冬を過ごす寒冷地の方は、余り感情を表に出さないのかも知れません。

 ひとりよがりで自分だけ満足しているのではないか、と言う考えも頭をかすめます。これはどうしても、もう一回行かなくては、と決めました。

 ○一緒にまつりを

「玉水さんは慣れているからイカ焼きとたこ焼きと焼きそば頼みます」といわれ大阪から車に機材を積んで現地に入りました。私もイカ焼きに腕をふるいました。ケータリングの業者の屋台も出てにぎやかです。イカ焼きは大阪独特のもので無料とはいえ並んでくれるかな、と不安に思ってました。

 なんのなんのみな楽しそうに冗談を言いながら待ってくれています。そんな被災者の顔を見たのは初めてで思わず「仮設にお住まいですか」「ええ」と聞いてしまうほどでした。

 イカ焼きもたこ焼きも焼きそばもすべて売り切れ、大広間で行われていた演芸の様子をのぞきに行きました。桂かい枝さんが落語を、あとマジックと津波にも生きのびた獅子(しし)が登場する大道芸のだしものがあります。のぞくと大広間は異様な熱気に包まれていました。芸人さんだから盛り上げるのは上手です。七月には、みなさん打ちひがれて沈鬱(ちんうつ)な空気が充満していた大広間が喜びと笑いにあふれています。

 夏まつりは大盛況のうちに終わりました。

 私もイカ焼きを焼いている途中、「卵がなくなりそうだ」と叫ぶとお客さんがわざわざスーパーまで買いに行ってくれたりと感動の連続でした。

 その後インターネットをみていると、夏まつりに参加してくれた方が書いたブログがありました。

――被災者の方はたいてい大切な人を何人も亡くしておられ、それでもふだんは気丈に前向きに生きている。しかしそっと片隅で泣いているところを何度も見てきた。自分も十人にのぼる身内親戚を亡くしたから痛いほど気持ちはわかる。その被災者がこんなに楽しそうに開けっぴろげに笑ったのは震災後初めて――

 そんな感想がつづられていました。

 私のもどかしいような不全感も消えました。神様が被災者とボランティアの方々にこんなすばらしい夏まつりを用意してくださったのです。ほんとうにありがたいことでした。

(この「教風」は、2011年10月に掲載されたものです)
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