「教風」 (連載第77回)


お広前でのご祈念


 もう随分前のことになりますが「さすが玉水さんの信者さんはちがいますなあ」と、ある教会の先生からほめられたことがありました。「皆さん長いことご祈念しておられる。大抵は三十分くらい、長い人になると一時間以上も。うちの教会の信者さんはああ長くはご祈念しません」。その先生はお広前でじっと観察していたらしいのです。

 初代大先生が「欲は放るに及ばぬ。信心すればするほど欲になるのがほんとうだ」と口が酸っぱくなるほど説かれたお広前なので、信者さん方が熱心に神様にお願いされているのはある意味当然でしょう。

 はじめは「お金が儲かりますように」とそれだけを願う。お願いひとつだから簡単です。そのうち健康でないと儲かるような働きができないことに気づいて身体丈夫も願う。自分だけでなく家族のことも願う。従業員のことも願う。お客さんが繁盛しないとこちらの繁盛もないからお客さんのことも願う、仕入先のことも願う。というように分かってくるとお願いすることが次から次へ増えていく。金光教の祈りというのが本来そうしたものだからです。

 これは、大人ばかりでなく子供にでもそうしたことがはっきり現れてきます。

 ○スカウトの皆勤賞

 秋季の霊祭の折に子供たちが信心を始めるきっかけにと、夏の信行期間に日参皆勤したスカウトたちを表彰していることは皆さんご存知の通りです。表彰する子供たちには作文を書いてもらっています。低学年のときには「元気で毎日遊べますように」といったようなたわいないものです。

 皆勤する子は毎年続けていく傾向があり、作文の内容も変わっていきます。連れて行ってくれるお母さんの体が思わしくなかったら、皆勤は出来ません。で、お母さんはじめ家族の健康も祈ることになります。お広前で神様に手を合わす時間が増えてくると、それまで耳に素通りだったおばあちゃんのおかげ話も真剣に聞くようになったりします。子供達のご祈念が変わっていくのです。

 読んでいてありがたくうれしくなります。

 お広前でご祈念している子供たちを見かけたら見ず知らずであってもぜひ神様に応援のご祈念をささげていただきたいものです。

 さて、ご祈念が充実してくるのは、別の見方をすれば神様の働きが見えてくるからでしょう。

 お話を聞き、体験を重ねるうちに、お金が儲かる裏には数えられないほどの神様のお働きがある、ということが段々分かってくる。ですから、「商売繁盛頼んます、アーン」。ではなく あれもお願いしなければ、これも頼んでおかないと、といった具合にお願いが増えていくのです。

 またそうしてお願いしていくと、例えお金が儲かるといった目先のことがすぐには実現しなくても、しかしあのこととこのことは願い通りうまく運んでありがたい、というように神様のお働き、その手ごたえのようなものも実感されていきます。すると御礼も申せるようになり、神様により近づけます。

 とは言え、上品に「御礼ばかり言っていなさい」、などと言うつもりは私にはありません。お金の入らないのは実際辛いことです。そのむき出しの思いを神様に持っていくのも大事です。一心の祈りこそご祈念の原動力であるからです。

 ご祈念に骨折って骨折って信心を進めて参りましょう。

(この「教風」は、2011年11月に掲載されたものです)
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