「教風」 (連載第81回)


信心の成長のためには


 問題が起きる。すぐ教会へ飛び込んでお結界でお届けし、「どうしよう」と思いながら毎日お参りしてご祈念していると、どうやらこうやら形がつく。「やれやれおかげ頂いた」と今度は気が抜け、信心も一服していると、また次の同じような問題が起きてくる。信心の腰が定まらないうちは、こんな信心ぶりの方が多いようです。

 はじめのうちならまだしも、何年たってもこんなことではせっかく信心していても損です。神様は私たちが信心に骨折って、真(まこと)の道をしっかり歩んでいくことを望んでおられます。そのために難儀を敢えて差し向けられることもありますが、同じような難儀に繰り返しアップアップしているようではつまりません。

 銀座教会の初代先生は、「九分までおかげ頂けそうになったときが大切」と教えられています。そこまでいけば当然おかげは頂ける。しかし、そこで初めから振り返って信心の整理をしておかないと、次に同じようなことが起きたとき乗り越えられない。九分まで行ったところでしっかり整理をしておけばその問題は卒業できる、というわけです。

 ○「親に安心を」がもと

 飲食業を営み、いつも借金に追われていた方がありました。商売が今ひとつで資金繰りにお金を借りる。返済のことで頭がいっぱいになります。どうにか返してもまた借りなければ回っていかない。そんな具合でした。親御さんも心配して口をはさんだりする。それをうっとうしく感じていました。あるときのご祈念中に、「親に心配かけているのは申し訳ない。親が安心してくれるような商売ぶりのおかげを頂きたい」と気づき神様にそう願うようになりました。

 そうしてご祈念しているとまた別のことにも気づきました。それまではどうしたら儲(もう)かるか、そのことばかりに頭ひねっていました。それが変化して、どうしたらお客さんが喜んでくれるかというふうに考えだしたのでした。そして馴染みのお客さやときどき来てくれるお客さん、一人ひとりのお客さんを思い浮かべ、「お客さんが健康で懐具合もよくなければ店に立ち寄ってくれない。そして来たお客さんが満足してくれるメニューを作らせて下さい」とお客さんのことを真剣にご祈念するようになりました。

 こうして祈りの幅が広がってくると資金繰りに追われていた商売も次第に安定してきました。

 この方は「親に安心を」という祈りを契機にして信心が展開し、アップアップ状態の商売から抜け出ていくことができました。
 実はそれも初代大先生の歩まれた道なのです。

 初代大先生は二十歳の暮れ、大病にかかり医者にも見放されます。そのとき「親をおいて死ねません」と願った祈りが神様に通じ、九死に一生のおかげを頂きます。やがて自分だけ助かっても親は喜ばない。妹たちや親戚(しんせき)も都合よくいかなければと祈りを広げていかれ、ついには「人を思うこと人後に落ちず」とご自身でおっしゃるほどの祈りへと展開されることになりました。

 この飲食業の方も「親に安心を」から祈りが始まり、今では仕入先のこともご祈念されるようになりました。銀座初代先生の言われたように信心の整理ができて真(まこと)の道を歩みはじめることができ、やがて念願の商売繁盛のおかげも伴っていったのです。

 お話を聞き、自分の信心ぶりを見直し見直しして信心の成長をさせていただきましょう。

(この「教風」は、2012年03月に掲載されたものです)
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