「教風」 (連載第84回)


深夜のご祈念


 今年の一月、道輝会有志の呼びかけにより、お広前で夜通しご祈念する会が催されました。
 具体的には、椅子ではなく長座布団に正座して神前拝詞を繰り返し奉唱する。五十分唱えて十分休憩のサイクルを朝まで繰り返す、ということだったようです。
 玉水のお広前では初代大先生のころから戦後まで、「お通夜」とい言われた徹夜のご祈念が行われていて、お広前のあちこちで心中祈念を凝(こ)らす姿が見受けられたそうです。さまざまな事情からお広前での深夜のご祈念は控えていただくことになりましたが、先輩たちの修行をちょっぴりでも追体験してみよう、というのが呼びかけた方たちの眼目のようでした。
 昭和五十八年(一九八三)年の教祖百年祭までは、本教では現在の拝詞ではなく大祓詞(おおはらいのことば)をあげていました。その大祓を廃して神前拝詞を制定し、唱えるようになったのです。しかし大祓詞と神前拝詞は実は基本的なことが違います。大祓詞は千年以上も前から続いてきたものですから、その内容は本教の信心とは関係ありません。
 心をこめて大祓詞をあげることによって神様に一心の祈りをささげるというものでした。その点、神前拝詞は本教の教義を綿密に織り込んであるので内容こそが大切です。大祓は暗記して無念無想であげることが良しとされました。神前拝詞は暗記していても、必ず拝詞集をひろげ目で追って声を出して内容を頂いていくものです。
 大祓には大祓信行という修行の形がありました。大祓詞を連続して唱え続けるという修行です。
 今回は敢えて神前拝詞を大祓信行の形であげてみよう。そうすることにより、昔の修行を味わってみようという趣旨のようでした。

 ○正座、正座、正座
 私は、夜のご祈念座でのご祈念のため、加わらなかったので、後日、参加者に感想を聞いてみました。「神前拝詞でも大祓詞のような充実感は得られたのか」などと聞く前に皆さんがまず言ったのは「足が痛かったです」。「ウーンそうきたか」と苦笑してしまいました。お広前が椅子になって二十年あまり、世の中でも正座する機会はめっきり減りました。
 同時に私は、自分の足の痛かった記憶を思い起こしました。金光教学院に入学してはじめての大きなお祭り、六月の教団独立記念祭の時のことでした。学院生は祭場整備など係に分かれて御用に当たるのですが、このとき私の当たったのはお広前係。何をするのかといえばお広前で座っていること。順番で交代して座ります。非番のときは、通常広前部の先生が座っている端の位置で、やはり正座して待機します。一日中正座し続けて、痺(しび)れというより甲が痛い。やっと学院に戻って食事、しかしここも正座。早く楽になりたくてかきこむように食事をいただきますが、全員が食べ終わらなくては足は崩せません。ゆっくり食べている信友をにらみつけるという風でした。食事が終わると学院広前でのご祈念。ここも当然正座。甲どころでなく膝から痛みだしました。これが学院生活も後半のことであれば体もなれており、またごまかし方も覚えていたでしょう。このときは直接、肉体の痛みを経験させられにたので、今でも鮮明に記憶に残っています。
 足の痛みに耐えながらの深夜のご祈念も、きっと参加者の記憶にとどまることでしょう。体を使っての信心の稽古も大切なことです。それぞれ工夫して信心を磨いてまいりましょう。

(この「教風」は、2012年06月に掲載されたものです)
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