「教風」 (連載第88回)


 金光様を頂く


   先月末に「神習(しんしゅう)の会」を実施しました。その目的をズバリ申せば、金光様を好きになることです。

 毎月、ご本部へお参りしても、金光様のお姿を拝するのは、私が代表してお取次願う様子を遠目で頭をさげつつ見ている間だけ、というのが実状ではないでしょうか。それでは金光様への親近感は生まれません。

 早朝、三時四十五分、随伴の先生と金光様がお出ましになる。七十代も後半に差し掛かったお年だけに歩みも以前に比べるとゆっくりで、お土地を踏みしめるように会堂の奥へとお入りになる。午前四時きっかりに本部広前外殿の御扉が開けられ、金光様が拍手がひびき、心中祈念が始まる。その後ろで私たちもご祈念させていただく。

 こうしたお出ましからご祈念に至る様子を拝すと、金光様が私たちのことを日々祈っていてくださる、そればかりか社会全体のことも祈っていてくだされてる、ということが実感されます。神習の会の目的もここにあります。

 そして金光様は日曜も夏休みもなく一年三百六十五日ご奉仕を続けられています。平成三年に教主に就任されて以来ずっと、早朝より御用されてきたのでした。ことし金光様がご療養に入るという知らせがご本部より発せられ、衝撃が全教に走りましたが短期間で復帰されました。

 お年も八十に近い方に、一日の休みもなく早朝よりの奉仕にお就きいただき、その後もお取次の激務をお仕えいただくのは、酷(むご)いことではないか、という議論もあります。

 しかし金光様ご自身は淡々と御用なさっています。洩(も)れ承るところによれば御用の一挙手一投足も先代の四代様のころから決まった動作だそうで、そこに心をこめてなされているのだそうです。ご自分の個性を消してまで神様と先代四代様の思いに少しでも添わしていただこうという、跡を継ぐ身として鑑のような御用ぶりです。

 お体は多少お弱りになった気配もあるものの、精神の方は先年も「神人(かみひと)の道」と私たちに進むべき信心の方向をお示しくださり、お元気です。書は人柄をあらわすと申しますが、玉水記念館の天地書附は現金光様のご直筆です。その堂々として勢いのある天地書附を拝んでいますと、ふだんは静的であまりものをおっしゃらない金光様が、実は力強い世界にいらっしゃることを思わせられます。


 過日教会での会議の折、高橋正雄先生や和泉乙三先生ら、教祖様にまみえることのできなかった教団第二世代といわれた先生方は、生身の三代金光様のお取次のお姿に教祖様を見出して信心の寄る辺とされていったという話がたまたま出ました。

 「なにも高い費用払って金光までお参りせんでも、玉水教会だけ参ってたらええ」という方もいるでしょう。でも、ご本部があって玉水教会がある。そのご本部の奥城(おくつき)には教祖様もお鎮まりくだされてあり、なにより教祖様の直系となる金光様が日々お結界奉仕をなされている。その後ろ盾(だて)あっての玉水教会です。まして金光教の信奉者たるものは教祖様のご信心を求め頂いていかなくてはなりません。そのとき教団第二世代の先生方がなさったように、ご奉仕くだされている今の金光様を通して教祖様に近づくほうが、より深くより早いように私には思えます。



(この「教風」は、2012年10月に掲載されたものです)
TOP
バックナンバー一覧