「教風」 (連載第92回)


 好きになる


 初代大先生は明治三十八年、三代金光様から「布教せよ」とのお言葉をいただきました。しかし初代大先生は、まだ早いと思ってすぐにお言葉に従う気持ちになれません。

 そこで教祖奥城(おくつき)に参って教祖様に談判します。すると教祖様から「その方は人を助けるのが好きじゃ。神が商売一心になれと教えたのに一心にならなかったじゃないか」と思い当たりのある痛いところを衝(つ)かれて仰せどおりにせざるを得なくなりました。
 商売人時代の大先生は、難儀で苦しんでいる人をみると見過ごすことができませんでした。商売そっちのけで夢中になって、神様のありがたいこと、信心によって自分が救われたことを話し続けました。そんな情況の中、三代金光様から「商売を継続しようと思うたら一心にやりなさい」というお言葉まで下がり、信心友達の茨木カメさんなどは心配して後をついて注意してくれましたが、やはり商売一心にはなれませんでした。ついに教祖様の奥城で「私を商売一心にならそうとするのであれば、難儀な人を私に見せないでください」と申しあげるほどでした。そのことをふまえてのお言葉でしたからお受けするよりなかったのでした。

 ○二代大先生の努力
 今年は教祖百三十年、二代金光様百二十年、三代金光様五十年、そして二代大先生二十五年のお年柄ともなります。ただし玉水教会では二十年をすぎると十年ごとに式年のお祭りをすることにしておりますので二十五年祭というお祭りはいたしません。それでも区切りの感はありますので二代大先生のご信心を偲ぼうと『教燈』を開くと、「信心を好きになる、御用を好きになる、仕事を好きになる」という言葉が頻出します。二代大先生にとって、この「好きになる」ということが一生のテーマのひとつであったのではと思うほどです。もちろんそれは、「わしは一番好きなことをしているのやデ」さらに「お前はどうや」と聞かれて困ったけれども――そうした初代大先生のお姿をずっと見ておられたからです。

 二代大先生が初代大先生の信心の高みに必死で登ろうとするとき、ただ御用に励むのでなく何とか御用を好きになろう、御用が好きで好きでたまらなかった初代大先生のお気持ちを分かりたいと努められていたことがよくわかります。

 そして、その願いは成就して二代大先生も御用が好きで好きでたまらないことになり、そうだからこそお倒れになってもお祭りが近づきお広前に出られるとなると不思議な力が宿って背がピンとのびて眼差しが生き生きと輝き、またその姿を拝した私が御用に導かれ――というような経緯を辿ることになったのではと思います。

 私も夜分ひそかに自問することがあります。
「お前はどうなのだ。信心が、御用が、好きか」なかなか初代大先生のご信心に達するとか御用ぶりを現すとかいうことはできることではありません。

 しかし、初代大先生のように信心が好きで御用が楽しくて、ということも決して不可能ではないはずです。どんなに厳しい辛抱を貫いても、それが鼻をつまんでの修行であったらあまり甲斐あるものとはいえません。好きでする修行こそ、すみやかに血となり肉となるのではないでしょうか。



(この「教風」は、2013年2月に掲載されたものです)
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